第3話 次のダンジョンへ

 ダンジョンの入り口は、魔法の石版のマップ画面に表示される。

 ドラゴンに運ばれた場所は、崖の上だった。

 見おろすと谷に川が流れ、崖の途中に、怪鳥が巣を作っている。


 石版の画面を覗く限り、翼を開くと3メートルほどの大きさになる凶暴なペリカンのような鳥の巣に、ダンジョンの入り口がある。


「ソウジ」


 ウーが、俺に向けて手を伸ばした。抱っこをせがんでいるように見えるが、これは、魔法の石版に収納してくれというポーズである。

 魔法の石版は、魔法を使用し、アイテムを収納し、地図を表示する。


 まさに万能の道具だが、それ以外にも仲間にした魔物を収納することもできる。

 ウーは、崖を転がり落ちてダンジョンに飛び込む自信がなかったのだろう。だから、魔法の石版に入れてくれと手を伸ばしたのだ。


 俺は、ウーの要望に答えた。

 ウーが石版の中に消える。

 俺は一人になった。

 怪鳥が飛び立つ。巣の中に卵が見えた。最悪だ。巣に向かえば、卵泥棒に見えるだろう。


 一気に突っ込むしかない。

 俺は、崖を走り降りた。

 途中で自由落下に移行する。

 ダンジョンの入り口が、白く濁って見える。


 魔法の石版を持っていない者であれば、怪鳥の巣に飛び込むだけだろう。

 だが、俺は魔法の石版を持つ魔法士だ。

 ダンジョンに突っ込む。

 怪鳥の巣が目の前に迫り、激突する寸前、俺の全身が白い光に包まれた。


 ※


 俺は、薄暗い場所にいた。地面が平らで、しかも滑らかだ。

 それだけでも、このダンジョンが原始的なファンタジー世界ではないと想像できる。

 俺が来てから数秒後、周囲が明るくなった。


 光源がどこにあるのかわからないが、周囲を見ることができるようになったのは間違いない。

 その結果、このダンジョンは、俺が見たこともない高度な文明をもった異世界であると確信した。


 ダンジョンに入ると、まず石版のマップ画面を参照する癖がついていた。

 マップを見る。俺自身と、破壊するべきオーブの位置しか表示されていない、シンプルなマップだ。


 俺は、目を疑った。

 自分の位置とオーブの位置が表示されている。

 とても遠い。ただそれだけがわかった。

 実際に何キロ離れているのか調べる前に、通路に響く足音が聞こえた。


 石版を魔法画面に戻し、指を精神魔法と生命魔法の間の位置に置く。

 相手が人型であれば、精神魔法が有効だ。人型からかけ離れた外見をしていれば、体を強化して暴力に訴えたほうが確実だ。


「誰かいるのか?」


 尋ねられた。

 一度入ったダンジョンから出るには、ダンジョンの中のオーブを破壊するしかなく、オーブを破壊されたダンジョンは閉ざされる。閉じたダンジョンには、二度と入ることはできない。


 つまり、言葉が通じたところで、俺が全く知らない存在であることは十分にありえるのだ。


「そちらこそ、誰だ?」


 足音と声だけで、まだ姿は見えない。俺は呼びかけた。


「この船の艦長だ。この時間、全員が持ち場についているはずだぞ。どうして……いや……本当に、誰だ?」


 通路の先から俺の姿を見つけたのだろう。まだ若いが、均整のとれた体をした人型で、まるで人間そのものの外見をした男が近づいてきた。

 男は『船』といった。『船長』とも言った。つまり、逃げ場はないだろう。交渉すべきだ。


 数多くの世界に出入りしていれば、近未来のような世界もある。俺は、何よりも交渉が重要だと感じた。


「ただの密航者だ。できれば、働かせてほしい。追い出されると困る」


 男は、俺の言葉に怪訝な顔をした。


「ただの……密航者だと? 地球人ではないのか?」


 男は、地球人と言った。では、この世界は、俺がいた現代の世界なのだろうか。俺は、緊張するのを感じた。俺の知り合いがいるかもしれないとすら思った。


「ち、地球人だ」

「なら、どうやって地球から二千光年離れた宇宙船に密航できる?」


 違った。現代ではない。


「に、二千光年?」

「まさか……ずっと密航したままだったのか? 質量計算がぼろぼろらになる……いや、ここまで深刻なトラブルがなかった以上、コンピューターには織り込み済みなのか。もちろん、追い出したりはしない。外は、宇宙空間だからな」


「……そ、そうか」

「他にも、誰かいるのか?」

「ああ」


 俺は、石版の魔物画面を呼び出し、一つのアイコンをタップした。俺1人だと断言して、だれかを呼び出しているところを見られると面倒だと思ったのだ。

 俺がタップすると、石版から桃色のオークが飛び出した。


「な! どこから出した? 豚か? 貴重な食料だな」

「ち、違う。仲間だ。ウー、立て。食われる」

「おや? 人間ですね。ここは……ああ、ダンジョンの中なんですね」


「豚が喋った? いや……ベルベレン星人か? お前、どうやってあの好戦的な連中と知り合った? 本当に地球人か?」


 船長を名乗る男が俺を質問責めにした時、さらに通路の奥から、若い女がやってきた。


「船長、いつまでも戻らないと思ったら、つまみ食いですか? 豚を生きたまま連れ出すなんて」

「いや……これは、ベルベレン星人だ」


「私たちが仲間を捉えて食べようとして戦争になった相手じゃないですか。いるわけがないでしょう。それより、ワープ航法に入ります。艦橋に戻ってください」

「ああ。こっちは地球人だ。密航者らしいが……働きたいそうだ」


 船長の男が、俺の背を押した。


「そうですか。密航者なんているはずが……マザーコンピューターは織り込み済みなのでしょう。早く、行きますよ」

「ああ」


 途中から現れた女も、ほぼ船長と同じ結論に至ったようだ。

 俺とウーは2人に連れられ、艦橋と呼ばれた、明らかに科学技術の集合体と思われる場所に連れてこられた。

 多くのスタッフが、それぞれのモニターに向かっている。全員が人間だ。


「そっちに座って、ベルトをしろ」


 俺は指示されたとおり、壁際に備え付けられた予備席にウーと並んで腰掛け、シートベルトを締めた。

 ウーが怪しんで齧っていたが、やはりただの豚だと思われると食料にされることが明白なため、俺がシートベルトを締めた。


「ワープ準備完了。10秒後にワープします」

「了解。カウントダウン開始、8、7……」


 俺と遭遇した男は、本当に船長だったらしい。

 スタッフの報告に合わせて、カウントダウンを始めた。

 俺は、魔法の石版を取り出して、マップ画面を確認した。


 ゼロの発音と同時に、前面に映し出された巨大な宇宙空間が歪む。

 ワープと呼ばれる航法が始まったのだ。

 しばらく、星空だった景色が、歪んだ幾何学模様に変わった。しばらくして、元に戻る。


「ワープ完了。目標地点との誤差、ありません」

「了解。警戒を怠るな」


 艦橋でのやりとりは続いた。

 だが、俺は自分の魔法の石版を見て、絶句していた。


「ソウジ、どうしたんです?」


 俺の顔色が悪いと思ったのか、ウーが尋ねた。


「ダンジョンって……限定された異世界だよな? 世界そのものの広さじゃないよな?」

「ええ。そうだと思いますよ」


「オーブの位置が遠すぎる。ワープしたのに、全然近づいていない。この分だと……オーブがあるのは、宇宙の果てだぞ」

「この船で行けますかね?」


「しっ……船を奪おうとしているなんと思われたら、シチューにされるぞ。特にウーはな」

「はい。気をつけます」


 首から上は豚にしか見えないピンクオークのウーは、自分の口を両手で抑えた。


 このダンジョンから元の異世界に戻るには、宇宙の果てを目指さなければいけないらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドラゴン・スレイヤー・スレイヤー 西玉 @wzdnisi2016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ