第2話 勇者という名の敵

 ダンジョンがあった洞窟から出ると、俺を待ち受けていたのは人間たちだった。

 前列に3人の人間がいたが、その背後の人間は10人を越えている。


「ヒッ……人間!」


 ピンクオークのウーは、二足歩行の豚という外見のため、何度も人間に食べられそうになった過去がある。ウーが俺の脚にしがみついた。


「お前が、ドラゴンに仕えているという奴か?」


 前列にいた3人の人間のうち、中央にいる男が言った。体はたくましく、獣の革を鎧にし、金属の剣を持っている。だが、いずれも粗末に見える。

 この世界の人間は、この世界の支配者であるドラゴン族に連れてこられた現代の人間か、その子孫である。


 現代文明を再現するには、あまりにも環境が過酷なのだ。

 鉄の鍛造すらまともにできていないのは、俺も知っていることだった。


「ドラゴンとは取引をしたが、仕えてはいない」

「ドラゴンのために、ダンジョンを攻略しているんだろう」


「ダンジョンを攻略しているのは、ドラゴンに囚われた俺の大切な人を買い取るためだ。ドラゴンたちは、金貨でなければ売らないと言った。この世界には、そもそも通貨なんて存在していないのにな」


「『大切な人』か……ならば、私たちと同じね。共闘しない?」


 隣に立っていた女が言った。髪が長く、スタイルはいいが肉付きはよくない。

 だが、俺は知っている。この世界に来たばかりの人間は、俺が持つ魔法の石版と同じ物を全員が与えられる。石版には、生命魔法と精神魔法、その他一種類の魔法がランダムでインストールされている。生命魔法を使えば、スタイルを維持するのは比較的容易なはずだ。


 この世界では、異世界から来て魔法が使用できる人間のことを、魔法士と呼んでいる。

 この世界に異世界の人間を呼び寄せているのも、魔法の石版を与えているのもドラゴン族だが、人間たちはドラゴン族が想定していない使い方を発見した。人間たちは、魔法の石版を接続し、他人の魔法を移動させる方法を見つけたのだ。


 現在、ドラゴンたちに逆らうため、ドラゴンを倒せると思われる人間に、魔法を集めているらしい。

 前列の3人は、魔法の力を集めた、ドラゴンに逆らう者たちだ。


 この世界では、勇者と呼ばれるらしい。

 つまり俺は、勇者に倒されるドラゴンの味方をする、悪役だということだ。


「共闘はできないな。何しろ、俺は人間が信用できない。一度は騙されて、魔法を取り上げられたことがあるのでね」

「ふむ……そういうこともあるだろう。だが、これ以上のダンジョン解放は看過できない。協力できないなら、殺すしか無くなる」


 真ん中に男が、魔法の石版を手にした。剣を持つのとは別の手だ。

 魔法の石版は、スマホに酷似ている。だが、スマホよりもっとも優れた点は、手の中に収納出来、使用したい時に手の上に現れることだ。


「できれば生け捕りにしたいわね。ダンジョンを攻略したらどんな恩恵があるのか、見てみたいわ」

「死んだら、これも失われるからな」


 女のつぶやきに、俺は答えて石版を持ち上げた。


「ウー、始まったら光れ。その後は隠れていろ」

「はい。私が死んだら美味しく食べくださいね」

「約束する」


 俺がウーの頭部を撫でた。同時に、石版からアイテムを取り出した。


「火炎魔法、レベル5」


 真ん中の男が魔法を放つ。

 俺は地面に伏せた。

 俺を掠めた炎に、取り出したアイテムの1つ、ダイナマイトの導線を晒し、炎が治った瞬間に、勇者たちの背後にいた人間たちに向かって投げた。


 ダンジョンとは、この異世界とは別の、オーブが存在する異世界である。科学技術が発展した異世界も存在し、俺はその世界からダイナマイトを持ち帰ったのだ。

 人間たちが悲鳴をあげて逃げる。


 ダイナマイトを知っている。俺はその人間たちが、現代から転移したばかりの人間たちだと理解した。


「どうしたの? あんたたち、基礎魔法は使えるのだから、ちゃんと援護を……」


 女の勇者は、ダイナマイトを見ていなかったのだろう。自分の石版に目を落としていた。魔法は、石版のアイコンをタップすることで使用する。同時に複数の魔法は使用できないし、慣れない魔法は目で確認しないとタップできない。


 ちなみに、魔法のレベルは1から10まであり、経験で上がるレベルは2が最高だ。3より上には、人の石版からレベルを奪わないといけない。その例外が、ダンジョンの攻略だ。


 女勇者の声は途中で途切れた。

 人間たちが逃げた場所から、爆発が生じたからだ。

 爆風で、勇者たちも飛ばされる。


「ウー」

「はい」


 俺の背後で、ピンクオークが光る。

 もっとも、勇者たちもそれどころではなかった。

 俺は振り返り、まだ魔法の杖の先端を光らせていたウーを抱え上げた。


「待て……」


 俺は、足首を掴まれた。

 俺に話しかけていた勇者が、吹き飛ばされて倒れながら、俺の足首を掴んでいた。


「悪いが、仲間にはなれない」


 俺は、取り出したもう一つのアイテム、これもダンジョンから持ち出した拳銃を向けた。


「待て……教えろ。どうしてドラゴンに騙されていないと信じられる?」

「人間よりはましだ」


「相手が人間でも、取引には応じるのか?」

「信じられる相手ならな」

「少し、話をしたい」


 俺は、急いで周囲を見回した。


「……お前だけだ」

「わかっている。それでいい」


 勇者は気を失った。ほかの二人も倒れたままだ。勇者以外の人間たちがどうなったのかはわからないが、起き上がっている人間の姿はない。

 俺は、気絶した勇者を担ぎ上げ、周囲に森に分け入った。


 ※


 魔法の石版には、仲間になった魔物も収納できる。

 ウーに加えて、話をするウサギのアリスを石版から取り出した。とにかく耳がいいのだ。周囲に人間がいないことを確認し、俺は勇者と二人だけであることを確認した。


 しばらくして勇者が目を覚ます。

 勇者は、エドウィンと名乗った。

 現代の人間だが、日本人ではないようだ。


「取引をしたいというのは、どういうことだ?」

「わかっているだろう。ドラゴン族は知恵が回る。信用はできない。人間と同じだ」

「その議論は終わった」


「そうだな……俺たちは、ドラゴンを討伐するために魔法の力を何人かに集めている」

「それは知っている」


「だが、それだけではドラゴンに勝てないんだ。もともと、ドラゴン族に与えられた力だ。ドラゴンを倒すには、もっと別の力が要る。例えば……ダンジョンで得られる力だ」


「ダンジョンは、一度入ると中のオーブを壊すことでしか戻れない。オーブを壊し続けると、ドラゴンにとって大切ななにかが解き放たれる」

「知っていたか」


「当然だ。戻れないかもしれないような異世界に、あえて挑む人間はいない。俺が入った異世界の一つは、ゾンビだらけだった」


「だが、君は戻ってきた。さっきの爆発する何か……あれもダンジョンで持ち帰ったんだろう?」

「そうだ」


「君の大事なものは……人だろう? この世界に、それ以上に命をかけて取り戻そうとするほど価値のあるものはない」

「そうだな」


「人間なら、人間が探した方が早い。ドラゴンが約束を守るとは限らない。俺たちが探そう。俺たちは、人間の社会で手に入る全てを手に入れられる。この世界で手に入るものは少ないが……」

「代わりに、異世界の武器を渡せか?」


 エドウィンは静かに頷いた。


「……わかった。俺が探しているのは、ヒナという女性だ。取引したければ、俺を探してくれ。この世界では、ほかに連絡をとる方法はない」

「ああ。それでいい。できるだけ探しておく」


 勇者は立ち上がった。

 俺はアリスとウーに戻るように言うと、森に紛れた。

 森の中をしばらく進むと、木々が切れた場所に出た。


 このような突然木がなくなる場所は、人間が開拓しようとしたか、ドラゴンが現れた場所だ。


「ダンジョンを攻略したようだな」


 俺の上に影が落ちるのと、声をかけられるのとは同時だった。

 俺がダンジョンを攻略すると、その都度違うドラゴンが俺を迎えに来る。

 次のダンジョンに連れていくためだろう。


 結局のところ、俺は人間たちに囲まれようが、殺されずにいればドラゴンが迎えにくるのだ。


「ああ。次の場所か?」

「金貨がまだ集まっていないならな」


 俺の知っているドラゴンではない。青い体のドラゴンは、俺の表情を伺うように首をかたむけながら尋ねた。


「さっきのダンジョンには、魔王がいた。魔王の王冠にオーブがあった。俺は魔王城にのりこんだが……さっきのダンジョンの魔物は、金貨を使用しないらしかったんだ」


「それは残念だな。近くのダンジョンに連れて行こう。準備ができたら言うがいい」

「無理やり連れて行ったりしないんだな」

「我が一族への協力者に、非礼を働いてどうする」


 ドラゴンにも、いい奴がいるらしい。俺は頭を下げた。


「この世界で、準備も何もない。連れて行ってくれ。ダンジョンによっては、行った先の方がくつろげるかもしれない」

「そうだな」


 ドラゴンは、俺に向かって手を差し出した。体はアフリカゾウの五倍ぐらいだが、ドラゴンとしては大きなほうではない。

 俺を掴み、飛び上がる。


 次のダンジョンまで、一瞬で移動が終わった。

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