薄れゆく意識の中で、女は息子を見ていた。

 目に映るのは、鎧胴に直垂、烏帽子を備え、二人の家来を連れ、御所の庭に立つ武士――。

 ――嗚呼。女は溜息を吐く。

 ――立派になった。

 女には分かっていた。これこそが、さだめ――人を呪わば穴二つ。清盛の死を祈願した、その代償は大きかった。そして、この異形のなりでの役割があった。息子を出世させる唯一無二の手段――天子の命を救う手柄を立てさせること。この醜い身体を贄として――。

 それが天の計らいであったか。慈悲なき情けであったか。

 深々と息を吐く。魂は既に彼岸に漂い出している。目は朧にしかものを映さない。だが、息子と視線が交差していることだけは、何故だかわかった。息子は異形の傍に跪いて、その目を覗き込んでいるのだと分かった。

 その目を、ずっと見続けていたかった。しかし一度流れ出た命は止まらない。瞳に映る息子の輪郭がすうぅと消えていって、闇が永遠の忘却を運んできた。

(了)

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鵺の母 @RITSUHIBI

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