僕たちの友情

加賀宮カヲ

僕たちの友情

 イチベイ、ニイノ、サンゴ、イツム。彼らは小学校の時からの仲良しだった。リーダーはイチベイ。ニイノ、サンゴは双子の兄弟だった。身体の小さいイツムはグループの末っ子だった。


 今日は卒業式。ここから先はそれぞれ別々の道を歩いてゆく。イチベイは都会の大学、ニイノは専門学校、サンゴ地元の企業へ就職でイツムは隣県の大学。雑談をするために作った『心霊研究会』その部室で四人は談笑していた。


「ファミレス代がもったいねえから部活を作ろうぜって言った時、ビックリしたよな」

 

「ホントだよ。流石イチベイって思ったもん。俺たちはバカだもんよ、なあサンゴ」

 

「お前と一緒にされたくない……ニイノよりは頭いいぞ俺」


「まあなー。中学ん時に、四人で部屋に集まるのキツいって思ったわけよ」


「エロ本見るがね。四人だと気まずくない?」

 

「それな、イツム! でも結局、ここで見ちゃってたけど」

 

「親バレするよりはいいじゃん、イチベイ」


 イチベイが感慨深げに、錆びついた姿見に目をやる。


「部活を作るために持ってきたこの鏡、なんにも調べなかったな」


 ニイノとサンゴが顔を見合わせて吹き出す。そうして鏡に顔を映すと変顔をし始めた。


「どこで拾ってきたんだよ、イチベイ。こんな鏡さあ」

 

「一応、怪しかったんだぜ。知らねえ? あの山に鳥居あんの」

 

「あそこにあったんだ。僕が初めてエロ本拾ったの、あの鳥居のトコだよ」


「え、嘘。俺も」


「なんだよ……俺たちもだ」


 田んぼが多かったこの土地にショッピングモールが出来たのは、8年前。今ではすっかり住宅街だ。昔はワクワクした夜の山も街灯が増えるにしたがって、その神秘性を失っていた。捨てるに捨てられないエッチな雑誌を不法投棄するのにもってこいの山。そんな程度の場所なのだろう。


「いわくつきって聞いたんだけどなあ。嘘をつく鏡とか何とか言って」


「イチベイ、そんなに気になるなら大学でも『心霊研究会』やればいいじゃん」


「だーめ、俺は彼女作るんだから」


「あれ? クラスの可愛い子は? よく一緒に喋ってたじゃない」

 

「急にメッセンジャー既読スルーするようになってよ、アイツ。話しかけてもシカトすんだもん。もういいよ」


 ふてくされた表情をするイチベイにイツムが笑顔を向けた。


「その子を鏡の前に立たせたら良かったのに」


「お前さあ……発想がナチュラルにクズな時あるよな。俺はそういう事をしない男なの」


 鏡の前で変顔を止めたニイノとサンゴは自慢し始めた。


「一卵性双生児はDNA一緒だから、嘘つけないよ」

 

「正確には嘘ついても直ぐにバレるなんだけどな、ニイノ」


「それにさ、10年以上一緒にいた俺らが嘘つくって……なあ?」


「現実的じゃないよ」


 ニイノの言葉に肩を落とすイチベイ。『心霊研究会』の中で、多少でもオカルトに興味を持っていたのは、イチベイだけだった。イツムは足を組み替えながら話を繋いだ。


「優しい嘘もあるってことなんじゃないの。本人は知らない方がいい事とかさ」


 イチベイの背中がピクリと動く。言葉の意味を理解できていないサンゴを横目に、ニイノが訝しげな視線をイツムに向けた。


「え、じゃあ誰か嘘をついてるってこと? この中で」

 

「それは……分からないよ」


 思わず言い淀んでしまったイツムの目をイチベイが見つめていた。

 

 今日は高校の卒業式。

 春休みに入ったら、それぞれが別々の道を歩き出す。


 微妙に漂う沈黙を破ったのはイチベイだった。覚悟を決めたのか小さく「ヨシ」と気合を入れている。ニイノ、サンゴ兄弟もおふざけはもう止めることにしたのか、真剣な表情をしていた。


「あのな……イツム。お前ずっと嘘ついていたろ?」

 

「……えっ?」

 

「お前、どうしていつもあの前に座るワケ?」

 

 イチベイの言葉に言い訳出来なくなったイツムは、鏡に目をやった。


 イチベイ、ニイノ、サンゴ。三人の姿を映し出す鏡。

 イツムの姿はそこに映っていなかった。

 

「いいんだぜ、俺ら。イツムが幽霊でも」

 

「あのな、イツム。お前はさ……修学旅行の時に死んだんだよ。バスにトラックが突っ込んできただろ、あの時に――」

 

「――……そうだったんだ」


「俺たちはずっと友達だからさ。だから、安心して成仏しろよ。イツム」


 チャイムの音が聞こえる。イチベイ、ニイノ、サンゴは椅子から立ち上がると雑談をしながら部室を後にした。彼なりに区切りを付けたかったのだろう。


 彼らはもう、部室を振り返る事はなかった。


 俯いて彼らとは逆方向へと歩いてゆくイツム。遠くで誰かが名前を呼んでいる。


「おーい、イツム!」


 顔を上げて声の方を見たイツムは、彼にしか見えない友人へ手を振った。


「一人で何やってたん?」


「ん、お別れ」



 修学旅行起きた悲劇。

 バス事故の犠牲となったのは三名。イチベイ、ニイノ、サンゴであった。


「さようなら、皆。僕たちはずっと友達だよ」


 イツムは小さく独りごちると、桜舞う光の方へと走っていった。


 


 

 

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕たちの友情 加賀宮カヲ @TigerLily_999_TacoMusume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ