イーブン・フレンズ ④

「――――――――えっ?」


 瞬間。

 私の腹に冷たい何かが触れた。

 服があるにも関わらず、直接。

 その冷たさは即座に熱さへと、いや違う――痛みに変わった。


「――――――――ッッッ!?」


 訳が分からなくなった。

 目の前にいるこの女性は、確かに、こうずけさくらのはずなのに。

 私の腹には短剣ダガーが突き刺さっている。

 刺したのはさくらだ。

 振り向くと同時に投げてきた。

 それが私の腹部を穿っている。


(どうして? なんでさくらが私を刺すの!? やっぱりこいつ――)

「偽物なんじゃないか、とか思ってる?」

「ッ……!」


『さくら』はニコリと微笑みながら言った。

 その声は確かに私の親友のものだった。


「安心して、。わたしは確かにこうずけさくらだよ、あなたの家の隣に住んでた」

「だったら、なんで……」

「プッ! クックックックック……!」


 背後でかぶらが噴き出した。


「何がおかしいの!? まさか――」

「俺たちが洗脳したんじゃないか、とか思ってんだろ?」

「当たり前でしょ……!」


 これがさくらの偽物じゃないとすればそれ以外にあり得ない。

 さくらは誰かに意地悪されてもやり返せないほど優しい子だったんだ。

 それが人に向かって短剣ダガーなんて投げるものか。

 8年経ったくらいでそこまで変わる訳がない!


「フッ、洗脳なんかしてねえよ。そんな人倫にもとるようなことするかよ」

「だったら……」

「ただちょっと『お手伝い』をしただけだよ。

「お手伝い……?」


 私に、本心をさらけ出せるように?

 何を言っているんだ、この男は?


「そういう『約束』をしたんだよ、8年前にな。『輿こし』として俺たちの組織のため働いてもらう代わりに、俺たちはその子を鍛える。そうやって変わったんだよ、その子は。。ホントのことだぞ。なあ、『さま』?」

「……ひなちゃん、わたしね、


 さくらは椅子から腰を上げ、デスクの前へ回り込んできて、私の正面に立った。

 背が高くなっていた……8年前は私の方が大きかったのに。スーツの黒い色味も相俟って不気味なほど大人っぽく見えた。


「誰かに意地悪されたときも、近所のワンちゃんに吠えられたときも、ずっとずーっと守られてばっか、助けられてばっか。……。だから頑張って強くなったんだよ」

「そんな……」

「そうそう、実は鏑木さんとはもう一つ約束があってね。組織の悲願が成就したら、わたしひなちゃんと結婚することになってたんだ。そうすれば今度は、

「そんなこと……」

「でもさ、まさかひなちゃんも魔法使いになってたなんてね。これじゃどっちの方が強いのか分かんないね」


 さくらはそう言いながら私の腹を指差した。

 短剣ダガーが砂に変わって崩れていく。さくらの魔法で錬成されたものだったのだろう。

 傷口が開いて血がどっと溢れ出し、服が赤黒く染まっていく。


「治しなよ。それぐらい簡単に治せるでしょ? 魔法使いなら」

「ッ……。はぁ……はぁ……」

「そんでさ、ちゃんとはっきりさせないとね。わたしとひなちゃん、


 さくらは両掌を壁に向け、金色に輝く魔法陣を描き、壁の材質を変成させていく。

 数秒とかからずにその作業は終わり、魔法陣から飛び出した二振りの短刀がさくらの手の内に収まる。

 

 ……イヤだ。

 りたくない!


「構えなよ、ひなちゃん。任務なんでしょ?」

【構えて、ひなの! そいつだよ!!】


 構えられる訳がない。

 いくら魔法使い同士だからって、なんで親友同士で傷つけ合わなくちゃいけないんだ。

 8年越しで再会して最初にやることがこれだなんてどうかしてる……!


「ひなちゃん!」

【ひなの!】

「いや……」

「ひなちゃんっ!!」

「いや――――――っ!!」









 ――それからのことは、もうよく覚えていない。

 さくらや鏑木がどうなったのかも知らない。

 知りたいとも思わない。

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イーブン・フレンズ 江倉野風蘭 @soul_scrfc

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