第11話

 この学校では、男子と女子の不要な会話は禁止されている。課外の活動における異性間の会話を学校の敷地内で見かけることは無い。

 だがもちろん何事にも例外は存在する。例えば授業や部活動に限って言えば、男女での談話は許されている。

 そしてその例外がもう一つ。


「つまり貴方からみれば、最近の木牧君の行動に変わったところはない、と」


「はい、そうっすね」


 俺の目の前では放課後の、それも授業や部活動とは全く関係のない男女が会話を組みかわしている。

 風紀委員。生徒会が頒布した鉄の掟を司る執行者。その一員である八河には、男女間での会話の禁止を無視できる権限が持たされている。その証として、彼女ら風紀委員は一般の生徒とは異なる、臙脂色のネクタイを締めることが義務付けられている。

 勿論この権限は、風紀委員の持つ抑止力を最大限活用するためにあるので、今この瞬間のように、男女の痴情のもつれの原因を調査するために使って良いわけでは無いはずなのだが。絶賛職権濫用中の八河は、目の前の坊主頭の男子生徒に詰問を投げかけている。


 あの後俺達は、瀬畑が語る木牧の異変について調べるべく、放課後の学校に繰り出した。しかしながら、その真相に最も近いと思われる野球部は、夏の大会を控えているため当たり前のように練習中だ。

 その練習を遮ってまで、事を問い詰める厚かましさは八河ですら持ち合わせていない。策が無いかと考えている最中、一年生の教室棟に坊主頭の生徒がいるのを三琴が見つけてきた。「坊主頭っていったら野球部、野球部と言ったら坊主頭でしょ!」なんて短絡的な連想はいかがなものかと思ったけど、どうやらその予想は今回に限って言えばうまくかみ合ったらしい。

 見つけた坊主頭の男は、一年生特有の若干の幼さを顔に残していた。背丈が成長することを見越した少しオーバーサイズのYシャツから伸びる右腕の先には、分厚い包帯が巻かれている。おそらく何か怪我をしていて、練習には参加していなかったのだろう。


「他に何か、木牧君について知っていることはない?」


「変わった事なんて言われても……って何なんすか! そのネクタイの色、あなた風紀委員の人っすよね。そんな人がいきなり木牧先輩のことを聞きたいなんて言われても困りますよ!」


 坊主頭の一年生は明らかに警戒心を抱いている。

 だがそれもそうだ。風紀委員が積極的に男子生徒に関わるなんて話は聞いたことが無い。そしてもしかしたら、目の前の風紀委員は何かしらの執行対象として木牧の情報を収集しているのではないか、との結論に辿り着くわけだ。彼が木牧と瀬畑の関係性を知っていようとなかろうと、身近な人間を売り飛ばすような話題を展開することはしないだろう。

 勿論、八河はそれを察して歩み寄るような話術が出来るような人間ではない。歯噛みするような表情の八河は、自分の質問がなぜ彼に拒まれているのかの検討がついているかすら怪しい。

 まったく、こういうときに頼りになる人間がいてよかったと俺は心から安堵する。


「まあまあ二人とも。すこし落ち着いて、ね?」


 興奮する二人の間を取り持つように、三琴が割って入る。


「私の名前は小波渡三琴。そしてこちらの彼女は八河さん。後ろの男の紹介は……まあいいや」


 よくないだろ、と突っ込みたい気持ちを抑えて、話の流れを切らないようにする。


「八河さんは確かに風紀委員なんだけど今回は違った用事で質問をしてるんだ。えっと……」


「浅生っす」


「うん、浅生くん。別に私たちは木牧君をどうこうするつもりはないんだよ。ただね、彼と親しい人物から木牧君の様子が最近少しおかしいって相談を受けたんだ。その原因が私たちや相談者に解決できるモノであればいいなって。それだけなんだよ」


 押し引きの巧みな三琴の言葉を聞き、浅生の表情は少し柔らかなものに変化する。


 ここがチャンスだろう。


「俺は芦間っていうんだ。浅生くん、最近の木牧は本当に何も変わりないのかな?」


「何回聞かれても返事は同じですよ。……ただ、もうすぐ夏の大会のメンバー発表があるので、チーム全体がピリピリしてるのは間違いないです。木牧先輩も、スタメン争いのために必死に練習してるっす。

 去年の夏、そして秋大会。エースとして強豪相手に投げていた木牧先輩は俺の憧れです。この怪我だし今年のベンチ入りは望みないっすけど、それでも早く怪我を直してチームに復帰したいんす。同学年でも活躍してる奴はいる、むかつくっすけどね」


 すこしはにかむ様な浅生の表情には、自らがチームに貢献できない事への口惜しさが滲み出ていた。もしかしたら少し、配慮が足りなかったかもしれない。


「最後に一つ聞かせてくれないか?」


「なんですか」


「親でも、友達でも良い。自分が出ている試合に応援に来てくれた人間を、今まで疎ましいと思ったことはあるか?」


 浅生は一瞬考え込み、そしてすぐに口を開く。


「ないっすね。スポーツをやっている人間の誰に聞いても同じだと思います」

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