第33話 クラーケン、クラーケン!(雷鳴)

7月半ば。陽光が気持ちいいな(ヴァンパイアの台詞でも悪魔の台詞でもないな)

俺たちのレベルは74です。


 早朝、雪のない地面を、フリウがガレージに向かってくる足音がする。

 俺は工具をしまって、シャッターを開けた。


「いつもサンキュー。けど最近やってるのってほとんど趣味の車の改造だし、差し入れなんてしてくれなくてもいいんだぞ?」

「ふふ、もう習慣になっていますから。しない方が変な気分になるんです」

「そっか(さすが天使だな)フリウは優しいな」

「どんな悪魔にでも優しいわけではないのはお分かりかと思いますけど」

「あ、ああ。分かってる。いざとなったらフリウは俺たちの誰より冷静で冷酷だ」

「理解してもらえてたんならいいんです」


 俺は改めてコップの中を見た。カボチャのポタージュか。多分朝飯にも出るな。

 一気に飲み干し(ちょっと熱かった)俺はフリウの後を追って拠点に入った。


 拠点の中は以前と変わったところが少しだけ。

 全員の座椅子にカバーがかかっている事だ。俺とミシェルで頑張った。

 ミシェルは今度は全員のお揃いの服を作ると言って、俺と一緒に頑張っている。

 俺は夜の間は趣味の車いじりをしているが。

 「サラマンダー」はもう足回りの季節による交換ぐらいしかやる事がないのだ。

 後は整備くらいしかすることがないのである。

 ボートの「テイル」も魔改造を終えている。

 勢い趣味の車いじりとなるわけで………だがこの環境ではお披露目の機会はない。


 そんな事を思っていたらミシェルとヴェルが起きてきた。

「おはよー雷鳴」「………ぉはよう」

 2人とも眠そうに座椅子に腰かけ、テーブルの上にのてっと崩れる。

 その二人の頭をフリウがスパパン、といい音立てて叩いた。

「朝ごはん、持って来るのでテーブルは空けといてください!」

 すっかりお母さんだな。


 今日の朝食はピザトーストとパンプキンポタージュだった。

 ちょっとアメリカンな朝食もいいものだ。


 そして食後、ミシェルに服作りのために型紙を起こしてやってたら、昼ごはんの準備をするのにいい時間になった。さてと………


 ピロリロピロリロ ピロリロピロリロ ピロリロピロリロ

 ………サイドテーブルに設置しておいたチームのカードの呼び出し音である。

 しかもいつもより鳴る回数が多い。嫌な予感がする………。

 とか思っていたらフリウがあっさりと受信のボタンを押した。


「あっ、出た!総合受付のシアぴょん!大急ぎでお願いしたい事があるぴょんー!」

「お聞きしましょう」

「じゃあ依頼受領受付のミーミーにまわすぴょん!お願いねぴょん!」


「大変なんだニャ!」

「はい、それでどうしました?」

「うう~大王クラーケンが暴れ出したのニャー。しかもアイシクル州の貴重な凍らない港でニャー。すでに停泊していた船は壊れるか逃げるかしたニャ」

「大王クラーケンというのは?」

「魔王でも手に負えなかったエクストラモンスター、ニャ。倒すとすっごい経験点をくれるけど、史上倒した前例は勇者パーティだけなのニャー」

「前例があるなら十分です。みんな、いいですね」

(それぞれ頷く)

「確か魔王に挑む前に勇者パーティはこいつに挑んだニャ。多分キミたちと似たようなレベル帯だったと思うから、不可能ではないと思うのニャー」

「それだけですか?」

「そのクラーケン、黒いオーラを纏ってるという報告があるニャ。普通のクラーケンもいっぱい湧いたけど、これは何とか対処できてるからそれだけニャ」

「わかりました。そちらにヘリで寄りますから地図の準備をお願いします」

「ニャ!分かったニャ!」


「雷鳴、一応「サラマンダー」を亜空間収納に。移動は「ウイング(ヘリ)」で」

「わかった。じゃあ全員装備を整えて、必要と思う物を持ったら屋上に集合!」

「「「了解!」」」


♦♦♦


 3時間ちょいでコイントスの街のヘカトンケイル商会のヘリポートへ。

 そこから走って依頼受領受付のミーミーさんの所へ。


「よく来てくれたニャア!大王クラーケンのいるのはここニャア!」

 爪の先で地図の一点を指し示すミーミーさん。

「そこまで遠くないな。燃料補給でいっぺん下りるにしても、7時間で何とか」

「現地にそう連絡していいニャ?」

「ああ。人間ご飯はパンを大量に持ってきたからそれで何とかする」

「………地図は持って行っていいのか?」

「無口なお兄さん喋った!じゃなくて!大丈夫だニャア!」


 そのままヘリポートに取って返し、発進した。


♦♦♦


 現地は大荒れに荒れていた。

 そこここにクラーケンの死体が浮かぶが動くクラーケンはそれを超える。

 そして沖の方に、その10倍はあろうかという赤黒いクラーケンが、黒いオーラをまき散らしながら鎮座している。

 

 ヘリを適当な所に止めて亜空間収納に放りこんだあと、状況を聞きに浜でもやや引いて休憩している連中の所に行く。回復中なのだろう。


 今はまだいい状態なんだそうだ。

 普通のクラーケンは20~40レベルぐらいの連中でも5、6人集まれば対処できるらしい。ローテーションを組んで対処している。

 

 だが大王クラーケンはだめだ。

 話にならない。戦線が崩壊し、大量にけが人死人が出る。

 死人は蘇生魔法の使い手がいるので、食われた奴以外は生き返っているらしい。

 救いは陸には上がってこない事だそうだ。


 大王クラーケンは普通のクラーケンがある程度やられたらこっちに来るらしい。

 次までの時間は推定15分。


「みなさん、大王クラーケンに距離増強の『ウイークポイント』をかけてみます」

 そう言うとフリウは呪文を唱えた。

「普通のクラーケンと同じ、目と目の間。眉間ですね。でも位置が深いです………」

「これ使って」

 俺が取り出したのは電柱みたいな大きさの槍である。


「ミシェルの「超怪力」で持ち上げて「防御の達人」で耐え忍ぶ。そこにヴェルの「物理攻撃無効」でミシェルをカバー「攻撃力2倍」で眉間を攻撃する」


「でしたら私と雷鳴は触腕の引き付けですね。私は「あらゆる魔法の超才能」「魔力消費0」「詠唱破棄」ですから、片側だけなら何とかなると思いますよ」


「んー。俺も負傷する事を織り込み済みならなんとかなるかな。「血の麦」が持ってくれる間は無限に再生するし。ああ、もちろん攻撃もするから安心してくれ」


「では、それで。雷鳴は左の、私は右の触腕を押さえましょう」

 その言葉を機に俺たちは沖に向けて一気に飛び立った。


 大王クラーケンは、はっきり言って普通のクラーケンとは別種の生き物のようだ。

 巨大建造物のような威容を誇っている。

 ビルほどもある胴体、ゾウの胴体ほどもある触腕。赤黒い体と黒いオーラ。

 そいつに近寄った俺たちは、触腕を牽制しつつ、油断している間に眉間に向けて巨大槍の一撃を叩き込んだ!


≪GYOOOOOOON!!≫


 大王クラーケンは渾身の力で暴れ出した。

 一撃で行けるとは思ってなかったけど、なんつう生命力だよ。

 ―――俺たちは予定通りに配置に着いた。


 まずは俺の担当場所。

 俺は『剛力:10』『瞬足:10』『頑健:10』をかけ、血の麦を飲み全力全開だ。

 亜空間収納から取り出した、この星では『剛力:10』をかけていないと持てない巨大な剣を振り回して、大槍を持つ2人に近い触腕から攻撃していく。


 ずっぱりと巨大な断面を見せて触腕が切り落とされる、と同時に他の触腕が俺の頭に振り下ろされる。何とか避けるが腕を持って行かれた。

 片腕になったが問題ない。すぐに生えてくるだろう。

 が、切り落とした触腕がずるりと生えてきたのには閉口した。

 俺を相手にした奴の気持ちが分かった瞬間である。


 今度は切り落とした断面に『教え:血の魔術:血の炎』をかけてみた。

 超高熱を発する炎を生み出す『教え』だ。

 これで断面を焼いてやると―――よし、再生が止まった。

 今度は背後からの一撃も回避だ。


 そのあと「暗黒魔法:脱水」も試してみた。本体には効かなかったが触腕には効果ありで、干物のようになってくれた。


 もちろん一方的にやれたわけではない。俺も相当のダメージを負った。

 さすがに全身の骨が叩き折られた時は焦った。

 飛んでいる事も出来ず落下したのだ。

 余裕のあったフリウが飛行魔法を飛ばしてくれなければ、俺は再生を待たずに食われていただろう。嫌な話である。空中で回復した俺は反撃に移った。


 フリウは触腕を完全に圧倒していた。魔術の弾幕で近寄せさえしなかったのだ。

 万が一近寄れた所で、あの中華包丁の親玉みたいな大剣で切り刻まれただろう。

 フリウは自分の身を守りながら大槍の方や、俺に支援を飛ばしてくれた。

 だがもちろんノーリスクだったわけではない。


 後で聞いたが、脳の処理量が限界を超えかけ、強烈な頭痛に苦しんでいたのだ。

 しかも同時に大槍の方へ、『超能力:念動力』で力を貸していたのだ。

 よくぞ脳が爆発しなかったものである。


 ミシェルとヴェルは最初から全力だった。

 最初に大槍を眉間に叩き込んだがまだ浅かった。

 そこから一度引き抜こうとしたが抜けなかったので、そのまま押し込むことにしたようだ。押し込むたびに「GIYOOOOOOOO!」と悲鳴が上がる。

 勿論何もなかったわけはない。


 口に当たる場所から、細長い(こいつの他の触腕に比べれば、だが)触腕が10本のびて来たのだ。だが槍が大王クラーケンから抜けなくなっていることが幸いした。

 2人には機動力が戻っていたのだ。触腕をかわす、かわす。

 ミシェルが剣で切り落としもしたが、それは瞬時に回復されてしまった。


 ミシェルが「防御の達人」ヴェルが「物理攻撃無効」だったのはやはり大きい。

 触腕の攻撃のほとんどを無力化できたのだ。

 だが、巻き付かれて口に運んで行かれた。ヴェルが。

 ミシェルは「達人」なので巻き付きを躱したのだが、ヴェルは無効化だからな。


 ヴェルは口まで持って行かれてから、口を破砕して戻って来る荒業で帰還した。

 それもフリウが触腕を『ウィンドカッター』で切り落としたからできた事だ。


 2回目の槍の押し込みでは大王クラーケンが血泡を吹いた。もう少し。


 大王クラーケンはその場で高速回転し始めた。こうなると持ち場がどうとか言っていられない。全員で対処した。

 全員前衛の能力があるので、隣同士補佐しながら戦う。

 ヴェルがフリウの盾になる、フリウが後方から触腕を切り落とすと同時に焼く。

 ミシェルが俺をかばってくれるので、俺が巨大剣で触手を切り飛ばして焼く。


 そのうちに3度目の大槍を打ち込めるタイミングが来た。大王クラーケンの速度が緩んだのだ。今度は全員で、全力で押し込んだ。

「GYOAAAA………」


 大王クラーケンから生気が抜けていく―――やったか?

「GYOGYOGYOGYO!!」

 奴は最後に隠し玉を発動させやがった、無差別な石化攻撃だ。

 前の方にいたミシェルとヴェルが完全に石化した。

 フリウも足が石化したが、完全な石化は免れた。というか石化回復が使えるので、その場で回復していたが。


 ヴェルとミシェルは、この星に来る前から「状態異常無効」である俺が回収した。

 空中でフリウと合流し、石化を解いてもらう。

 大王クラーケンはもういいだろう。このまま撃沈するはずである。


 岸に帰還した時、ピロリロピロリロと冒険者カードが音を立てた。

 上がったレベルは―――94。

 一気に目的に近付いた感じであった。

 

 みんな神妙な顔をしているので、俺は明るく。

「まっ、もう少し今の生活が続くな!よろしくな!」

 と明るく声をかけると微笑んでくれた。


 もうすぐ、の足音が近づいてきたかのようだった。

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