第18話 氷雪のオーブ 後(フリューエル)

 さて、お弁当をごはん屋さんから調達し終えたわたしたちですが、雷鳴の運転するヘリで(彼以外ヘリを運転できません)冒険者ギルドへ向かっています。

「ねえ雷鳴。いつもごはん屋さんの報酬を払ってもらっていますが

 私達ではやはり不足でしょうか?」


「え?そんなことないだろ。天界のものは珍しいから何でも喜ばれるはずだよ?」

「そうなのですか?なら次回は私が価値のありそうなものを支払ってよいですか?」

「あー。ぶっちゃけるけど、それなら俺が払うからその珍しいものは俺が欲しいな」

「おや、そうですか?それが本音でしたら分かりました。そうしましょう。

 そうですね、依頼が終わって家に帰った時にお渡ししましょう。

 ミシェル、ヴェルも。何か用意して差し上げてほしいのですが?」


「………まあ、珍しいのかわからんが、貴重らしきものを用意してみる」

「そんなに価値のある物があったかなあ?探してみるね」

「期待しとくぞ。ごはん屋に価値の高い物をやってきた甲斐があるな」


 わたしたちは、冒険者ギルドのヘリポートに着陸しました。

 そのままヘリは雷鳴の亜空間収納に。

 雷鳴は亜空間収納に大量のものを入れますが、一体どれだけ容量があったらそこまで入るんでしょうかね?家まで出てきた時は助かりましたが呆れもしました。


 村に向かう街道の手前まで来ました。

 この辺は市に来る隊商が頻繁に通るので、メリノ村方面にのびる街道まで来てからスノーモービルを出した方が良さそうでした。

 しばし、「サラマンダー」にのって進んだ方が良さそうです。


♦♦♦


 メリノ村に向かう南西方面の街道で2~3時間進みました。

 すると「サラマンダー」では通れないほど雪がある場所に来ました。

 「サラマンダー」は少々の雪ではびくともしないのに、です。

 南に向かっているのに、どう考えても異常です。しかも吹雪いています。


 雷鳴が呆れた顔をしながら、スノーモービルを2台出してくれます。

 運転はスクーターと同様だそうです。

 要はハンドルとアクセル、ブレーキだけで運転できます。

 でも試し運転を全員がします。後部座席の者を放り出したら可哀想ですし。


 結果、やっぱりというか、一番運転の上手いのは雷鳴、次点で私でした。

 なので、私の後部座席にヴェル、雷鳴の後ろにミシェルという事になりました。

 ヴェルは一番重いので雷鳴の後ろの方が、と言いましたが雷鳴曰く「どうせ放り出されるなら嫁さんの運転の方が、ムカつかなくていいだろ?」とのこと。

 謎の理論ですが、ヴェルが賛同したので、それでいく事になりました。

 しっかり掴まっててくださいよ………?


 メリノ村はコイントスの街からのびる南の街道が、南西に枝分かれしている方向にあるそうですが、雪で街道なんて全く見えません。

 雷鳴が「魔法の矢印」というマジックアイテムを取り出し、宙に浮かべます。

 「方向命令・メリノ村」とコマンドワードを唱えています。

 カーナビと同じ扱いですか?と聞くと「人や物も目標にできるのと、距離は分からないのが違う。けど、大雑把に言うとそうだ」と返って来ました。なるほど。

 

 矢印はくるりと回ってから、南西を示します。おそらく街道の方なのでしょう。

 スノーモービルをそちらに向けて発進させました。


 ………本当にゴーグルがないと目も開けていられませんね。

 ミーミーさんの言う事を聞いておいて良かったです。

 途中で夜が来たのですが、朝起きたらテントは雪の重みで潰れる寸前でした。

 骨組みが歪んでしまったので、もう使えませんね、これは………


♦♦♦


 ようやく村らしき場所が見えてきました。

 吹雪のせいか人影はありませんが、煙突から煙が出ているので人はいるようです。

「みんな、酒場か宿屋、村長の家でもいいから探そう」

 と、雷鳴に言われてみんなで探します。

 すると、建物はみな、意外とまともに除雪されているのが分かりました。

 これなら適当な家で聞き込みできますね。


「冒険者ギルドから来ました。現状について詳しい方はどこにおいでですか?」

 と、手近な家をノックしたら、出てきてくれた女性に聞いてみます。

「詳しい事は北から来た隊商の連中が、宿屋にいるよ。宿はあっちだ。村長の家はこっちだよ。案内しようか?」

 ご厚意に甘え、とりあえず村長さん宅に連れて行って貰う事になりました。


「村長さんですよね?冒険者ギルドから来ました、チーム・サラマンダーです」

「わかった。立ち話するのは無理じゃから、とにかく入りなされ」

「あたしは帰るよ。冒険者さん、頑張って何とかしておくれよ!」

 そう言って案内してくれた女性は帰って行きました。


「まぁ、囲炉裏のはたに座りなされ………」

 私達と村長さんが囲炉裏を囲んで座ったところで、お孫さんだという女性が暖かいお茶を運んできてくださいました。ありがたいです。

「それで、なんで依頼を出せてもいないのに、冒険者さんが来てくれたんじゃ?」

「ここの出身の方や、普段なら今頃ここに立ち寄っているはずの行商人の方が集まって依頼を出してくれたのだそうです」

「なんと!有難いのぅ」


「それで村長さん、この異常気象は一体何故なのですか?」

「儂も細かい理屈は分からんのじゃが………

 ここに来るまでに盗賊団に出くわした隊商が運んでおったマジックアイテムが、

 盗賊団によって奪われたのが原因のようなのじゃ。

 なんでも「氷雪のオーブ」というもので、南の暑い国向けの商品らしい。

 ここよりしばらく南の貿易都市リカーヴで南の隊商に売れるそうでな」


「盗賊団は奪って作動させただけなのですか?」

「まさか!」

 村長さんの言う事には、この村は特産品で潤っているそうで、結構財産のある村なのだそうです。特産品とは―――

 

 ここはメリノ羊という、とても柔らかい毛がとれる羊の産地だそうです。

 メリノ羊は非常に寒冷地に強く、フィアメッタ合衆国最北端のこの地でも、6~7月になったら毛を刈ってもよいのだとか。

 例年ならもう毛を刈って(肉にもするそうですが)出荷の時期なんだとか。

「ですが、この気温で毛刈りはできませんのじゃ………」

 

 他にもメリノカブ。甘みが強く大きなカブで冬に甘みを蓄える。

 長持ちし、春に収穫すると夏に熟成する。乾物にもして1年中食べるそうで。

「こちらはもう収穫は済んでいるのですが、売りに行く事ができないのでは………」


「盗賊共は、蓄えた金をすべてよこせ。でないとこのまま雪と氷で閉ざす。

 と、そう言って来ておりまして。

 ですが金は村に足りないものを買うために使いもしますので

 全部払うと、とても冬がこせませぬ………特に薪ですな。

 既に冬に使ったので、今はほとんどありませぬ。凍死者が出る寸前でして。

 できるだけ支払うから村に必要な分は残してくれと頼んだが聞いてくれず………

 途方に暮れておりましたのじゃ」


「村長さん、薪は1日2日ならなんとかなるか?」

「いえ、もう底を尽きました。今朝配布した物が全てです。うちも倉庫を潰して今くべておる囲炉裏の薪として使っている有様でして」

「なら、薪は俺が何とかしよう。亜空間収納に(本当は無限収納庫に)大量にある(いくらでも出せる)から、広場があるなら案内してくれ」


 訝しそうだった村長さんも、本当だと分かると大喜びで伝令を走らせていました。

 その後の薪の配布を手伝ったので日が暮れてしまいました。

 その日は(宿は隊商の人で満員なので)村長さん宅に泊めていただきました。

 そして深夜、私の部屋に全員集合しました。私がテレパシーで呼んだからです。


「盗賊団という事は人間ですよね。天使は人間を殺せません。ずっと人間絡みの依頼は避けてきたのですが、今回は避けて通れません」

「そういう事なら俺に提案がある」

「雷鳴?悪魔のあなたがですか?」

「うん。「殺し」を禁じられてた期間があった友人のやってたことなんだけど」

「はい」

「封印して、更生した奴から職とかにつけて、どうしようもないのだけは強制労働とか―――平たく言うと奴隷落ち―――に従事させるのはどうかな?手間だけど、天使にはそれしかないと思うんだ。封印アイテムは「白紙のアルバム」ってアイテムで、30ページほどあるから足りると思うし」


 雷鳴は亜空間収納から本を取り出してきました。

「この中に入ってれば、年は取らない、食事も必要ないし汚れる事も無い。罰は無限の退屈だけ。好きで盗賊やってたんじゃなければ更生するだろう」

 しばし。耳が痛くなるほどの沈黙が部屋に落ちました。


「悪魔の提案ですが―――それでいくしかないようですね」

「………俺もそう思う」「俺もそれ以外考えつかないです、先輩」

「ただし、奴隷落ちだけはさせません。それこそ拷問してでも真人間にします」

 2人が真剣な顔で頷く。


 雷鳴は少しほっとしたように、じゃあ、と言い。

「具体的な手順を相談しよう。この本は無力化した相手出ないと収納できないから、まず『ルーンロープ』にかけて大人しくさせないといけない。これはフリウがかけてくれ。俺たちの中で一番相手の抵抗を打ち破りやすいから」

「えぇ、やりましょう。もしかしたら物理的に相手の抵抗力を、ちょっと削らないといけないかもしれませんけど。まず大丈夫と思います」


「わかった。あとこれからのことも考えて―――万が一に備えていっぺん無限収納庫に登録しておくな。また人間が敵な事もあるだろうから」

「そう、ですね。そうしておいて下さい」

「………封印は俺とミシェルでやろう。本を2冊くれ」

「いいんですか?ヴェル?」

「お前はルーンロープに集中しろ」

「………ありがとう、ヴェル」

「構わん。良いな?ミシェル」

「はい。やります」


「で、使い方は?」

「本を手にして白紙のページを開き、対象を指さして「封印シール」と言えばいい」

「分かった」

 雷鳴は増やした本を、ヴェルとミシェルに渡しました。

「後は明日、隊商のリーダーに「氷雪のオーブ」の事を聞くだけだな」

 雷鳴はそう言って「寝ようか」と言いました。

「睡眠はとっておいた方が良いですね」


♦♦♦


 次の日になり、隊商のリーダーに会いに宿屋に行きます。

「相手は護衛を殺されたうえ、隊商のメンバーも何人か殺され、商品を取られたばかりなので、できるだけ優しく聞きましょうね」

「そうですね、先輩」「出来るだけな」「手短にすませてやろう」


 宿屋に行って自己紹介すると、来てくれてありがとう、と泣かれてしまいました。

「お礼などいいのですよ?でも泣きたければどうぞ」

 そう言って胸元に男性の頭を抱き寄せます。

 彼はしばし泣いてから


「氷雪のオーブについては、この説明書を見てくれ。これ以上は俺も知らないんだ。

 奴らもこれを見て使っているはずだ」

 と言ってくしゃくしゃになった紙を渡してくれました。涙のあとがあります。

 全員が広げた説明書を覗き込みます。


 そこには―――

 

 【氷雪のオーブの使い方】

 ≪オーブの使い方はコマンドワードが大事!≫

 全力起動:アイラブ・レディ………氷や雪の精霊が呼び寄せられます。

                 寒冷地であるほど効果は強いです。

 起動:ウェルカム・レディ…………雪が降る程度まで気温が下がります。

 停止:グッバイ・レディ……………精霊が強制的に排除されます。

                 その土地本来の気温に戻ります。

 

 と、書かれていました

「要はオーブに向かって「グッバイ・レディ」と言えばいいんだな」

「簡単ですね」


「フリウ、盗賊の拠点はわかるか?」

「まだ小さいですけど、この集落から5㎞ほどの位置に感じ取れます。反応は小さいので、20人もいればいい方でしょう」

「襲ってきたのもそれぐらいの人数でした!」

 モルトさん(リーダーさんの名前)がそう言ったので、決定でいいでしょう。


「では、思念を辿って拠点に攻め込みましょう!」

「「「了解!」」」


♦♦♦


 拠点は簡単に見つかりました。

 思念も辿りましたが、一際強烈な冷気がする場所だったからです。

 拠点の前には寒いからでしょう、見張りは居ませんでした。

 あっさり侵入し、冷気の源に近付きます。

 出会う端からルーンロープ→封印を繰り返すだけの簡単な作業でした。


 少々厄介だったのは、精霊使いの頭目でした。

 ですが雷鳴の『便利魔法:ウォーム(温風)』で精霊は後ずさり。

 この状況下で氷雪の精霊以外が呼べるわけもなく―――

 自分で首を絞めた形でお縄になりました。


 「「「「グッバイ・レディ!」」」」

 コマンドワードを言った途端、思ったより急激に暖かさが戻って来ます。

 冷気に慣れていたので暑いぐらいです。

 雪は目に見えて溶け始め、私達は劇的な変化に驚きました。

 精霊っていなくなるとこうなるのですね………


♦♦♦


 村の皆さんは私達の帰還を、諸手をあげて歓迎してくれました。

 隊商の皆さんも(食料品以外の)積み荷が戻って大喜び。

 気を取り直して行商に行くのが死んだ連中も喜ぶだろうとの事。

 ちなみに、ご遺体はできる限り回収して来ています。

 お骨にして、隊商が本拠地に戻ったら埋葬するそうです。


 ただ、村長さんが頭を抱えています。

 今から毛刈りをし、肉を干して、だと次の冬までに全部は売れないだろうと。

 一応蓄えはあるので、次の冬はそれを使いつぶすのかと不安顔です。

 

 そこに雷鳴が申し入れました。サンプルを見せて貰い気に入ったとか。

 多少納品が遅くてもいいから、まとめて買い取ろうと言い出しました。

 金額は多めに払うので、毛糸に加工して欲しいと申し入れていました


「ミシェル、普通の羊毛で編めるようになったら、ここの羊毛でセーターにチャレンジしよう。フリウもやるか?ヴェルはさすがにやらないだろうけど」

「いいですよ。でもヴェルが編み物なんて何の冗談です?私が二人分編みますよ」


 村長さんは2つ返事でOKしました。

 私たちは、冬の楽しみができましたね。

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