第17話 氷雪のオーブ 前(雷鳴)
8月に入った。
住居を整えていたら、凄いスピードで7月を過ごしていたのである。
今はようやく落ち着いて、生活のサイクルが上手く行き始めたところだ。
現在はリビングルームで、フカフカの絨毯やクッションに埋もれつつ雑談してフリウの朝ごはんができるのを待っている所だ。
そう、みんなと同じ朝ごはん。最近俺は毎日『定命回帰』しているのだ。
冒険に出るとヴァンパイア
昼食は作るという契約だから、作らないという選択肢はない。
なら皆とごはんも食べたいし、毎朝『定命回帰』することにしたのだ。
一度かければ、24時間は定命のままでいられる。
この『教え』は血が大量に必要なのだが、俺は「無限収納庫」に血の麦を登録するという裏技で、血を確保できることに気が付いたのである。
フリウが念動を駆使して朝食を運んで来た。言ってくれれば手伝うのに。
今日の朝食は、カブのポタージュと、焼きたてホカホカの手作りパンにコケモモのジャム、蒸したてのジャガイモにたっぷりとバター、お好みでと塩がついている。
あと厚切りのハムもついてきた。ヴェルのためだろう。
全員による「いただきます」の後、ミシェルが立ち上がって―――ハムを咥えている―――DVDラックをごそごそしだした。
リビングには「サラマンダー」に搭載したのより大きな立体テレビがあるのだ。
大抵DVDをかけるのはミシェルである。
「あれ?雷鳴、これラベルがないけど、中身何?」
「そんなのあったっけ?かけてみればどうだ?」
「そうする」
何となくみんなが立体テレビの方を見ていると、クリスマスツリーが映った。
「みんなで飾り付けましたー。××年のツリーでーす。ここにデジタルビデオ置くから、全員集合ー!記念に撮るよー!」
画面にはミランダとモーリッツ、イスカに俺が映っている。
「あー思い出した!これ学生の頃のホームビデオじゃないか。懐かしいなー。
今は皆成人して領地経営したり家族を手伝ったりしてるよ」
「え?じゃあこれ雷鳴の子供の頃?今と変わらないけど」
「まさか!違うよ。ガイアの事件(白と黒が聖女の周りで踊る旅参照)の後、
ディアブロ学園に入学したんだよ。高等部に編入したんだ」
「………雷鳴、このお嬢さんはどなたです?さっきから喋っている娘さんです」
「ん?ミランダのことか。俺が抱擁(ヴァンパイア化)した娘だから、俺の娘だよ。元々は天使を映してしまって瀕死になってたドッペルゲンガーだったんだが」
「ドッペルゲンガー。なるほど………知り合いとそっくりです」
「えっ、元になった天使を知ってるのか?」
「このお嬢さんはどんな性格ですか?」
「そうだな、明るくて行動的で、イタズラ好き。妙に冷めたところもあるけど、基本的にいつも楽しそうだ。能力はシーフって感じだったけど………」
「間違いなさそうですね。彼女は仇敵を滅ぼすために魔界に出向いたことがありましたから、その時映してしまったんでしょう。今はセントクレストにいるはずです」
「何ていう娘?」
「カルミアさんといいます」
「そっか………会う機会があると良いな」
「彼女は悪魔や堕天使が大嫌いですから、止めた方がいいかもしれませんよ?」
「そうなのか?ミランダはそこは映せなかったんだな」
その後はフリウも食事をはじめ、みんなで―――俺が解説を入れながら―――クリスマスの準備とパーティの様子を楽しんだ。
昔の怪奇小説愛好サロンの面々と同級生を、久しぶりに見て懐かしかった。
ちゃんと今も付き合いはあるので、寂しくはなかったが。
「悪魔にもクリスマスがあるんだね」
「認識は「サンタクロースの日」だけどな。
悪魔にとって本当に聖なる日は魔帝陛下の誕生日だから」
「ああ、
クリスマスは異教の神様の誕生日だから、特に何もないよ。
それにしても悪魔のパーティにしては普通だね、これ」
「学生のパーティーなんてそんなもんだよ。サバトじゃあるまいし」
「サバトが………なんていうか、血生臭いのはなんでなんだ?」
「人間が生贄を捧げてくるからだろ?」
「嬉しいんだよね?」
「そりゃあ、人間は色んな意味で「おいしい」から断らないよ」
「おいしい………」
「腹も膨れるし、魂を食えば―――どこまで食べていいかは生贄の捧げ方で変わってくるが―――レベルが上がる。通貨にもなるし………動物より価値が高いな」
「雷鳴も貰ったら嬉しいか?」
「いや。俺は変人だと言われるがアルパカや羊、アンゴラウサギの毛の方がいい。
特にアルパカの毛は気に入ってるんだ。
俺を主人と仰いでくる魔女が、捧げてくれたのがきっかけだな」
「何に使うんだ?」
「奥さんたちの編み物とか、オーダーメイドの服に使う」
「良かった、雷鳴が変人で」
「お前なあ………」
そんな会話をしていたら、朝食を食べ終わっていた。
汚れた皿は『ウォッシュ』で一発なので、手伝う事も無い。
昼食の準備の時間まで、編み物でもするかな。
「雷鳴、編み物するのか?」
「そうだよ、今度お前もやってみる?」
ちなみにヴェルは筋トレをしている。フリウはクッキーを焼くらしい、楽しみだ。
「やりたい!今、天界は残暑が厳しいから経験はないけど。
季節が元に戻った時に使いたい」
「なるほど。ならまず、市で安い毛糸を練習用に、編み棒も買わないとな。後で冒険者ギルドに行くから、その時に買おうか」
「分かった!」
「じゃあ今できることは………そうだな、
一緒に果物でも取りに行くか?フリウがジャムにしてくれるだろうから」
俺は手元に「野生の果物」という本を『アポート』で取り寄せて聞いてみる。
「行く。ありがとう、雷鳴」
「かゆいから礼はいい」
出かけた俺たちは「アイシクルベリー」というこの州でしか取れないベリーの低木を見つけ、カゴに一杯取って帰ったのだった。
他にも「コオリアケビ」というシャーベットの様な木の実を見つけ、溶けないように亜空間収納に入れて帰って来た。昼食のデザートにするか。
しかしミシェルは最近、躊躇なく俺に甘えてくるようになったな。いいのか?
今日の昼食は、そういう契約なので肉である。
ベリーを採りながら考えたのだが、チキン南蛮にしよう。タルタルソースも自作。
野菜はうまい塩とレモンで味付けしたホッポウトマト(固めで甘い)と北方ウリ(キュウリに似ている)とあく抜きしたアイシクルタマネギ(甘みが強い)である。
サラダは大皿にドカッと。味つけは濃いめにしてある。
ヴェルのだけ肉マシマシだ。
他の2人は野菜メインで食いたいだろうから控えめに。
昼食は好評のうちに終わった。
その後みんなで「サラマンダー」に乗り、くじで運転手を決定。今日はヴェルだ。
「夕方までには冒険者ギルドに辿り着く計算だけど、
それは道を線路沿いから離れないで行ったらの話だ。
道をそれないでくれよ、ヴェル。一応除雪用の装備はしてあるけど」
「わかってる」
ぶっきらぼうな返事だが、それがヴェルだ。信用するしかない。
雪道に不慣れなので少し遅くなったが、予定通り夕方には冒険者ギルドに着いた。
リッケルトより掲示板の数が多い。手分けするしかないな。
俺は高レベルの掲示板と、レベル不明の掲示板をチェックする。
レベル不明のところで、気になるものを見つけた。みんなを呼ぶ。
「これはどうだろう。
普段なら行商に来る者がいるはずの村落「メリノ村」が音信不通。
200人ほどの村で、例年通りならもう通行できるようになっている。
なのに、雪に閉ざされたままで、様子も見に行けないらしい。
俺の『勘』だが、ロクな事になってない気がする」
「確かに、心配ですね………」
「吹雪いてるって事だから、ヘリは無理。雪もどけられそうにないみたいだから、
スノーモービルで行くことになりそうだけど」
「雷鳴、持って来てます?」
「うん、2人乗りの奴をふたつ」
「他の2人に異議がなければ行こうと思いますが………どうです?」
「「異論なし」」
「よし、じゃあこれを………依頼受領受付、に持って行けばいいんだな」
全員で依頼受領受付に移動する。
そこには長毛種らしき猫獣人の女性がいた。
灰色のショートヘアに大きな耳、鮮やかな青い猫目をしている。
名札には「ミーミー」とあった。
依頼書を提出すると、目を細めて
「こちらの依頼ですニャ?貼り出されて結構立つのに引き受ける人がいなくて困ってましたニャ。行かれたことはありますかニャ?」
「いや。初めてだからあるなら地図が欲しいんですけど。
あと、ここに行く手段だけど、スノーモービルで行けそうかな?」
「燃料の運搬手段があるなら、スノーモービルがいいと思いますニャア」
「ああ、亜空間収納(本当は無限収納庫だが)を使えるから燃料は大丈夫。
修理用の機材も持ってる」
「なら、スノーモービルで行けますニャ。ゴーグルを忘れないでニャア」
そう言ってミーミーさんは地図を取り出した。『複写』させてもらう。
「ここですニャ」
コピーした方の紙に赤鉛筆で〇がつけられる。
「最も今は全部真っ白ニャので、役にたつかどうか分かりませんのニャ」
「ああ、それなら「目標を示し続ける矢印」という魔道具があるので………
それを使って行きます。さすがに消えてなくなったりはしてないでしょうし」
「そんなものがあるのかニャ!複数持ってたら打ってほしいニャ!」
「いいですよ」
俺は亜空間収納に腕を突っ込み『魔道具複製・並』をかけ複製した物を取り出す。
見た目は木製の、宙に浮く赤い矢印である。
「使い方は「方向命令・
「フニャー。ありがとニャア。いくらで売ってくれるニャア?」
「金貨10枚ぐらいでどうでしょう?」
「きみ、欲がないのニャア。お仲間さんもそれでいい?いいのニャ?じゃあ、依頼達成の時に支払われるようにしておくけど、それでいいニャ?」
「構わないです」
「あと、書いてあることの確認にニャるけど
この依頼メリノ村出身者とか行商仲間とかが心配して出した依頼ニャから
報酬は市のチケット金貨50枚分ニャ、構わないかニャ?」
「「「「構わないです」」」」
「ニャー。ならお願いするニャア。あ、ところでパーティー名は何にするニャ?」
「登録必須ですか?」「そうニャ」
私はみんなを見渡し相談ます。全員の意見はすぐ一致しました。
「チーム・サラマンダーでお願いします」
「了解だニャア!行ってらっしゃいニャ!」
「あ、はい行ってきます」
「先にゴーグルを買いに行きましょうね。
それにじき暗くなるので今日は帰って、野営の準備をして早朝に出ましょう」
「そうだな、2日程の道のりだし。じゃあ市に行ってゴーグルと晩メシを買おう」
♦♦♦
次の日の夜明け。準備を整えた俺たちはごはん屋を呼び出す事に。
「ごはん屋、カムヒア!」
すると、空が陰り、大きな綿帽子に乗ったごはん屋が
「ふんふんふ~ん。私のごはんはよいごはん~愛と勇気と美味しさの~
食べれば元気は100万倍~わたしのごはんはよいごはん~」
と歌いながらふわふわ降って来た。
すちゃ、と着地すると
「いやあ、また寒いところからのお呼びですなあ」
「所属するギルドを変えたんだ。気にするな、お前への注文は同じだ」
「へへぇ、ありがとうございます」
「行き帰りで48食、滞在が5日程と見て60食。
村の人に配るから追加で600食だが何とかなるか?」
「他ならぬシュトルム公爵様ですから、何とかいたしましょう!」
ごはん屋はいつものように袋をごそごそとやりはじめた。
ただし今回の「弁当袋」は小さいものが一つ、中ぐらいの袋が一つである。
小さい袋には、さすがに600食は入らないらしい。
「ふんふんふ~ん。私のごはんはよいごはん~愛と勇気と美味しさの~
食べれば元気は100万倍~わたしのごはんはよいごはん~」
鼻歌を歌いながら作業し、しばらくして
ふう、と汗をぬぐう真似をしたごはん屋が
「どうぞ!」と袋を差し出してきた。
「ご苦労」
俺はそう言って袋を受け取り、ごはん屋の手のひらにじゃらっと10枚ほどのひしゃげ気味の金貨を乗せてやる。
「おおお、これは古代の!」
「そう、古代に深海に沈んで、探査もされてない、存在も知られてない沈没船の積み荷から採取したものだ。今回は無理を言ったからな」
「とんでもございません!シュトルム公爵様のためでしたらいくつでも!」
俺は鷹揚に頷いて
「ご苦労だった、また頼む」
「へへぇ!」
ごはん屋はペコペコしながら帰って行った。
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