第11話 ミニ・ダンジョンアタックー1(雷鳴)

6月。雨だ、雨が多い。作業場が屋根付きで良かった。


いつも通りに、4時半にフリューエルことフリウが、血専用のマグカップを持って2F居住区から降りてくる。すでに着替え終わっている。

ウォーター・リーパーの変異種の中の死体の後始末は、肉体的にも精神的にも大変だったろうに、彼女は微笑を忘れない。いい女だよね。


「おはようさん」

 フリウの持って来てくれた常温の血を飲む。ここに来てついた習慣だ。

「おはよう、雷鳴。飲んだら着替えて買い物付き合って下さいね」

「フリウのそのセリフも慣れてきたなぁ」


 2人で朝ご飯と夜ご飯の買い物に行く。

 そこでふと俺は気まぐれを起こした。今日の昼食、全員に作ってもいいな、と。

 フリウと相談して、俺はステーキとポテトの生クリーム煮を作る事にした。

 天使ばっかりなので、肉は「天界肉(疑似肉)」である。


♦♦♦


 お昼ご飯、全く普通の肉と遜色ない代物ができた。

 ………優秀だな、エンジェルの疑似肉。

 ステーキのソースは塩に山葵。ビックリしないで。意外と合うんだよ。試してみ?

 モツが余っていたので、それは刺身として出している。

 もちろん一つ一つの肉に味付け済み。俺は凝り性なのである。


 評判は上々。皆―――特にヴェルが喜んでいる。

「このひと、天使になっても味覚はこんななままで。職場ではなにか浄化し残したんじゃないか、なんていわれてるんですよ」

「残ったものはしょうがないだろう」

「はいはい、優しい私のダンナ様」

「(キューっと真っ赤になっている)」


真っ赤なまま、飯を食う方に集中―――照れ隠し―――したヴェル。

こっちに話をふって来た。

「そういえば雷鳴、お前コインを集めてるんだって?フリウからオーダーメイドコインを貰ったとか?」

「そうだよ、でも悪魔としてタダでは貰えないから、3枚くれたんで10枚つづりの「いつでも朝ごはん代わってあげる券」を3つ渡したけどね」

「なら昼飯を作って貰う事は可能か?」


「えー?毎日とか言うなよ?」

「毎日だ。レアな奴も付ける」

「どんなんだよ」


「まず、セミレアがこれだ。ソロネオーダーメイドコインと、ケルビムオーダーメイドコインだな。緑はソロネ、青はケルビム」

 ソロネは翡翠で、青は藍銅鉱だな。意匠は………天界の守護者、シルバー様か。

 シルバー様は今代が「さすがにもう休養を取って欲しい」と引退させたんだよな。

 先代の戦争でも、最前線にずっと立っておられたとか。


「確かソロネが近代武器道具で、ケルビムが魔法武器道具だったか?」

「そうだ。ソルジャーの場合修理チケットとして使う事もあるが。毎回給料で出るのはソルジャーだけだな」

 なるほど、それは確かに価値はある。


「俺はガーディアンだから、3回に1回だよ!まあそれでも緊急の場合聞いてくれるんだけどね。後は同僚に貰うとか」

「そういう感じだ。多分内勤はもっと少ないな」

「ふーむ、天使内でもレアリティのあるコインなら、欲しいかな」


「最後はこれだ、一生に1~2枚しかもらえない。ブラックの「建築チケット」」

「あーそれ、俺使っちゃったよ」

「………家を建ててもらえるチケットっていう事か?」

「そうだ、俺はフリウの家を改築して―――自力で―――住んでるからな」


「黒曜石か………黒は天使にしては珍しいな。レアなのも気に入った!いいだろう、毎日のメシ引き受ける!」

「雷鳴、俺も乗らせてもらっていいかな?」

「いいけど報酬は?」

「雷鳴は切手って?」

「集めてるよ?」

 コレクターの基本だろう。


「子供の頃から集めてたんだ。風天の気まぐれでコロコロ変わるからね。ちゃんと観賞用と保存用と交換用があるよ!」

「なるほど、それならいいだろう。………そういえばフリウはどうするんだ?ここまで来たら一緒だから、無償で作ってあげようか?」

「………困りました。無償なのは申し訳ないので………ああ、あれがありましたか」


フリウはそう言うと亜空間収納に手を突っ込み、黄水晶のコインを10枚ほど取り出してくる。六芒星が刻印されたシンプルな楕円のコインだ。

それにこのコインだけ、不透明でなく半透明だ。キラキラして綺麗だな。

というか、何故か天界のコインは皆楕円だ。何か決まりでもあるんだろうか?

「これは?」


「お買い物コイン―――別名訓練コインです」

「へ?訓練?」

「お金の使い方を訓練するために配られるコインなんですよ。なくても貰えますけど、あったほうが当番の天使は喜びます。面白がってね。ああ、10枚ほど持って行って下さい。私はあまり使いません。物質創造のレベルが高いとねぇ………」

「………そりゃそうだ。了解、これでフリウにも作れるよ」

「よろしくお願いします」


「で?ヴェル?どうせ肉がいいんだろう?」

「肉系のメシで頼む」

「夜の野菜率を上げましょうか?」

 えっという顔のヴェルにニコニコ笑顔のフリウ。

「………それはズルくないか?」

「栄養バランスが崩れます」

「………わかった。それでも肉は雷鳴に頼む。出来るだけ普通の肉でな」

「おや、意外です」


「いや………気を悪くしないで欲しいが、肉の扱いは雷鳴の方が上手いんだ」

「大丈夫です、今日の食事で察していましたので」

 よかった………夫婦喧嘩にならずにすんで。

「そういうわけで」

「「「よろしく」」」

 悪魔に頭を下げる天使たち。シュールだから止めてくれ………。


♦♦♦


 次の日は冒険者ギルドへ行く日だった。俺は盗賊ギルドへ行く日だ。

 ちなみに昼食はミートローフ。俺って晩ごはんと交代するべきか?

 とか思ったが、それはフリウの負担が大きくなるのでパスだ。


 相変わらずの狭い道、物乞い達にコインを撒きながら通っていく。

 そのうちの一人、手の震えが激しい物乞いが俺に手を伸ばしてきた。何だ?

「あっああ、あんたたちをぉ、浮浪児が嗅ぎまわっていたよう、気をつけなぁ」

「ありがとう、他に何かあるか?」

「マル母様、と口走っていたよう………」

 ビンゴだ。俺は彼に金貨を放ると、盗賊ギルドの扉を開いて滑り込んだ。


 情報担当のカウンターへ真っ直ぐ向かう。

「これこれしかじかな情報を外の物乞いに聞いたが、それ以上の事は分かるかい?」

「早耳だね、兄ちゃん。その続きならもちろんあるよ」

 俺は10枚の金貨をテーブルに置いた。

「聞きたいね」


「「エルゼ洞窟」の深部でイプシロンとオメガがお待ちしている、と言えと浮浪児の餓鬼が言ってきやがった。兄さまの仇だとかなんとか」

「………それだけか?」

「ああ」

「邪魔したな」

 金貨を一枚、男に放り投げて俺は盗賊ギルドを出た。


 念話でフリウ達と連絡を取り、冒険者ギルドに行くまでに情報を共有しておく。

 「エルゼ洞窟」の依頼を探しておくそうだ。

 

 俺が到着すると、まだ探しており、俺は『勘』ひとつでこれだと断言して一つを引きはがした。目立たない場所に糊付けされていた依頼書をべりっとはがす。

「ダンジョン「エルゼ洞窟」の1階層のモンスターが外に出て来て悪さをします。調べて根元を断ってください………だとさ」


「「「「ダンジョン!?(全員)」」」」

「ちょちょっと待って、ダンジョンってあれだよね?えーとシーフが雷鳴で………」

「ヴェルがその後ろですよね、心配です」

「フリウは魔法使いに当たるから中衛か、うむむ………」

「え、じゃあ俺、最後尾!?」


「いや、落ち着けみんな」

 今までダンジョンの経験か無いんだから当然か………仕事も野外のものを選んでたし。いや、俺もダンジョンの経験は無いがみんな修羅場は潜ってるんだから………。

「ダンジョンの隊列はそれでいいとして、問題はダンジョン用の装備を全く持ってない事だな。冒険者ギルドで買って行こう」


♦♦♦

 

 ダンジョン装備を買いに行く前に「ごはん屋」だ。ダンジョンに潜るので、多めに買っておかなくては。4人×2+10日 8×48=144

 ダンジョンでどれだけ滞在するか分からないので多めである。

「”ごはん屋”カムヒア」


「ふんふんふ~ん。私のごはんはよいごはん~愛と勇気と美味しさの~食べれば元気は100万倍~わたしのごはんはよいごはん~」

今日は奇をてらわずに?赤い蝙蝠傘で降って来た。服と色を合わせたんかい。

「参上しましたぞ!」

「あー。144食頼む。初のダンジョンアタックなもんでな」


「なんと、初ですか!それは気合を入れませんとなあ」

「ごはん屋」はぴしゃりと顔を両手で叩いて気合を入れると、袋をごそごそとやり始めた。俺は報酬を用意しておく。

「できましたぞ!」恭しく赤い袋をさし出してくる。


「ご苦労」俺は「アレキサンドライト」の塊を取り出して「ごはん屋」に渡す。

「魔界ができる前に沈没した、人界の沈没船から回収されたものだ。ラベルがあるだろ?綺麗にはがれるから心配はするな」

「おおお………」

 踊り出す「ごはん屋」やめろっての


「またのご利用をお待ちしておりますぅ~えへへへ」

 「ごはん屋」は、傘にぶら下がって飛んで行った。


 この後ダンジョン装備でひと騒動あったが………。

 フック付きロープ(能力制限空間に備えて要る)、ランタン(同じく)、チョーク、ピッキングツールはもう持ってる、1mの棒(用心のために買おう)などなど。

 取り合えず買い物を済ませ(隊列はそのままだ)「エルゼ洞窟」へ向かっている。

 ギルドの受付さん曰く、初心者の洞窟なので、俺達なら道具などなくてもいいんじゃないかという事だ。一応買っておいたが。


 今は車内は穏やかだ………いや、TVの音とミシェルの悲鳴でうるさいか。

 あいつは、愚かなことに今度は「13日の金曜日」を見ると言い出したのだ。

 「ジョーズ」とはまた違う、と俺が答えたのも原因だとは思うが。

 「ホラーだぞ?」と念押しはしたのだが………。

 

 さっきから俺にピットリくっ付いて、絶叫シーンでは抱き着いてくる。

 筋肉の発達した男(デカくなったなミシェル)に、それをやられるのは俺の性癖からしてキッツイものがあるのだが。紹介したのが俺の手前跳ね退けられないでいる。

 運転しているヴェル(3人共運転を覚えてくれた)と、正面のフリウからは同情の眼差しを向けられている次第である。


 今度はコメディを勧めよう………。


♦♦♦


 「エルゼ洞窟」はもうすぐだ。

 全員、既に隊列を組んで行進している。

 見ている奴らが居たら………絶対に初心者だと笑われるだろう、と言ったのだが。

 だがフリウが「本当にダンジョン初心者なのですから笑われるのを気にするよりも失敗を恐れるべきだと思いませんか?」と発言したので撃沈。

 ああ………フリウはいつも正しいよ。


 洞窟の中はひんやりしており、天使三人は眉を寄せたが(ヴェルは元が炎系だった)ヴァンパイアの俺にとっては快適だった。

 全員、暗視が効いているので、何か見落とす事も無い。

 蝙蝠がとネズミが襲いかかってきた時はちょっとビックリしたが………お化け屋敷のオバケみたいなもので。気を取り直して一蹴。


 最奥に着くまでにイビルピクシー(邪悪な妖精)が、理性を失くしたかのようにほぼ同族であるはずの俺に襲い掛かってきた時は驚いた。

 だが、魔王の気を帯びていた事で、近くの村の住人にまで被害が及んでいた理由は納得した。そのせいか。


 最奥だと思われる場所に来た。

 最奥に中ぐらいの湖があり、皆そこに浮いている。

 そこには影で出来たような大きな黒犬と、無数のイビルピクシーが群れていた。

「ボス以外、魔法で一掃しよう!フリウ行けるか!?」


「はい!」

 フリウが『低級無属性魔法:ウィンドカッター(広域化3Lv)』を放つ。

 イビルピクシーがそれだけでほぼ一掃された。


 ボスの黒犬は湖の上だ。

 俺達はそれぞれ「中級水属性魔法:ウォーターウォーキング」と、相手は恐らく非実体なので「低級無属性魔法:エンチャントウェポン」を自分の武器にかける。


 一斉に水の上を駆けだし、黒犬に迫る、が。

 ミシェルが先鋒として剣を叩きつけ―――それで終わった。

「弱い………」

 ネフィリムの潜む洞窟と考えると、あまりに弱かった。

 

 何か仕掛けでもあるのかとしばらく警戒を続けたが、何もなし。

 本当にネフィリムが居るんだろうなと暗澹たる気分になった。

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