第10話 ウォーター・リーパー 後(雷鳴)
俺は冒険者ギルドではなく拠点に向かって歩いていた。
『念話』で聞いたところ、依頼を見つけたそうだ。
見つけたのは今回はミシェルなので、どんな依頼か聞く。
なんでも、かなり大きな湖にある3つの村からの共同依頼で、漁師が漁に出かけたまま戻らず消えるというのである。見習いの子どもも含む。
詳しい話は現地で聞くようにとの指示だが、住民は仕事ができずに困窮する寸前らしい。かなり切羽詰まっており、危険と分かっていても漁をせざるをえないという。
早く行ってやらないと犠牲者が増えるな………
普通は3日かかる距離だが「サラマンダー」なら2日で行ける。
なので拠点に「サラマンダー」を取りに行って、冒険者ギルドに乗りつけるのだ。
今回は水辺なので、ボートも役に立ちそうだからな。
俺が「サラマンダー」で冒険者ギルドに行くと、全員揃って待っていた。
「雷鳴、サラマンダーを改造したんだね、大きくなってる!凄いタイヤだ!」
「いいだろう?「ライノ」よりは柔いが、セラミックで防御もしてあるんだ」
「窓際に銃と銃弾がある!窓が開くの?それとも銃眼?懐かしいなぁ」
ヴェルも頷いている。こいつはこれで拳銃の使い方を覚えたからな。
「今回は銃眼じゃなくて窓からだな。開くようにしておいたが、気密性重視でカギをかけて密封するようになってる。銃はS&WのM29。44マグナムだ」
「後は乗ってからだな。とりあえず「ごはん屋」を呼ぼう」
みんなが頷いたのを確認すると、俺は呼び出し用の魔石を取り出す。
「ごはん屋!カムヒア!」
目的地までは「サラマンダー」なら2日程。往復で4日。滞在は3日見積りで、合計7日。4人×7日=28個、28個×3食で84食だ。
「ふんふんふ~ん。私のごはんはよいごはん~愛と勇気と美味しさの~食べれば元気は100万倍~わたしのごはんはよいごはん~」
という鼻歌がどこからともなく聞こえる………と思ったら、ばりっという紙を破る様な音と共に、目の前の空間が破れて「ごはん屋」が現れた。
「今回は急ぎだ。84食、頼む」
「かしこまりましたぞぉー!」
今回は時間がないので簡潔に頼んだが、「ごはん屋」は動じることなく、デカい袋から巾着袋へと「ごはん」を移し入れている。
こいつの能力は一体どうなっているのやら。
「ささっ」と口に出して言いながら赤い〇食マークの巾着を俺に差し出してくる。
「ご苦労さん。今回はこれな」
そう言って俺は、1枚のエンジェライト(水色の不透明な天然石)で出来たコインをさし出す。天使が貰うお給料の1種で「オーダーメード引換券」という。
その名の通り、出来合いの物ではなく、自分の好みで「何でも」作ってもらうためのチケットの役割を果たす。これは天使三人から、一枚づつ貰った。
コインの意匠は「天使の卵」と今代帝の横顔だ。
職業の細分化を行ったのが今代帝なので、今代で出来た天界初めての通貨なのだ。
「えへへぇ、毎度貴重なものをありがとうございますぅ!」
「お前のメシが美味しいからだ。クオリティを維持してくれよ」
「かしごまりましたぞぉー!それでは、お急ぎの様なので失礼します!」
「ごはん屋」は元来た穴に「よっこいしょ」と入り、セロテープのようなもので空間を補修して帰って行った。みんなが微妙な表情になる。
高能力者たちの間で知られる「ギャグ能力」だろう、あれは。
見たのは初めてだ。
♦♦♦
観音開きの前部のドアを開くと、ドアの所にそれぞれの色―――フリウが黄、ヴェルが青、俺が赤、ミシェルが緑に塗られているミニロッカーが一緒についてくる。
入ってすぐの所には丸いラグが敷いてある。ヨガマットである。
その辺りは軽い運動スペースなのだ。
ミニロッカーの中は、あらかじめ「それぞれの色(発案フリウ)」のマグカップを入れておいた。模様は全部コミカルなアニメ調で、フリウがオカメインコ、ヴェルがピンクのトラ、ミシェルがジャンガリアンハムスター、俺が黒ウサギである。
他は何も入れてない(一応クローゼット仕様)ので好きに活用して欲しい。
みんなが驚いたのはあらかじめ展開済みのベッドだった。
壁に据え付けで、シングルサイズがある。
「下のベッドはソファになるようになってる」
そう言うと、フリウが寄って行って試している。
「いいですね、これ。この段の(左下段)ベッドを自分用にしてもいいでしょうか?」
「それなら俺は、その上(左上段)のベッドだな」
ヴェルとフリウがそういうので、頷いて俺はミシェルを見た。
「じゃあ雷鳴、俺下だと気を使いそうだから、右の上段でもいいか?」
「いいぞ、じゃあ右の下段は俺な」
他の娯楽も紹介すると喜ばれた。フリウはキッチンが嬉しいようだったが。
「今回は俺がずっと運転するけど、覚えてみんなも運転してくれよ?」
「「「もちろん」」」
いい返事が来た。頷いて車を発進させる。
助手席は無く(一応折り畳みの椅子はある)運転席は後部と一体化しているのだ。
「雷鳴!「えいが」というやつが見てみたい!おすすめは?」
「え?天界にもあるんじゃなかったか?」
「俳優とかいないから、教育アニメのディスクばかりなんだよ!」
「それは映画とは言わんな………分かった、お前ならホームアローンとか、王道のコメディでいいと思う。人界製な。映画を見るならポップコーンとジュースを作って配ると喜ばれるぞ。ジュースは俺にもくれよ」
「分かった!」
ミシェルはポップコーンとミックスジュース(レシピは壁に貼っておいた。材料は冷蔵庫に用意してある)をちょっと危なっかしく作ると、みんなに配布した。
机は立ててある(固定だが畳めるようにもしてある)ので、そこに置く形だ。
フリウはポップコーンにキャラメルソースをかけて食べていた。慣れている。
映画が始まると、百面相しながら見るミシェルがちょっと面白かった。
ホームアローン①の上映が終わると、再びミシェルが俺の所に来る。
「面白かった!あんなシチュエーションで迎撃戦なら真似ができるかもしれないな」
「いや、嫌すぎだろう、そんな天使」
俺は顔をしかめる。こいつは本当にやりかねないからな。
「それで………今度は「ホラー」に挑戦したいんだけど、何がいいと思う?」
「ほう、それはゾンビ物でもいいのか?」
「リアルホラーになるからやめてくれ!(白と黒が聖女の周りで踊る旅、参照)てゆうか、ゾンビ物なんてジャンルがあるのか………人間って………」
「普通のホラーなら動物と人間、どっちが悪役な方がいい?」
「え………よく分からないが動物………かな?」
「じゃあ、王道の「ジョーズ」を推しておくよ。毛布でも被って見ろ。それと俺のカップに血を淹れて持って来てくれ。推薦代だ。」
「分かった」
いつの間にかフリウはもう毛布をかぶっていた。
「フリウ、見るの初めてなのか?」
「13日の金曜日を見て以来、ホラーは見てませんでしたからね」
「天使はそれで十分だと思う」
ミシェルがワクワクした顔でディスクをセットし、言われた通り毛布をかぶる。
「この毛布、薄いのに凄く柔らかくて暖かい!」
「俺の子飼いの魔女が献上してくるアルパカの毛で作ってみた」
「ああ………カシミアかと思ったらアルパカでしたか、道理で………ああミシェル、最初からこっちに来ておきなさい、3人並んで見ましょう」
「?はい」
その後、襲撃シーンになると飛び上がってヴェルの右腕(左腕はフリウ)に抱き着くミシェルが横目で見えた。確かに最初から3人いる意味はある。
ヴェルは「レヴィアタン領にいるな、こんなやつ」である。俺もだ。
それでもラインナップにあったのは、俺の収集癖の賜物である。
映画を見るのは疲れるので、この日はそれで終わった。
各自好きな事をして時間を潰す。
ヴェルは筋トレ、フリウとミシェルは読書(俺謹製、サラマンダーの操縦の仕方だ)だ、できればヴェルにも見習ってほしい。
ストレートにそうヴェルに言うと(こいつは匂わすだけでは気付かない)読書に参加してくれた。偉い偉い。
夜通し運転は、精神的に疲れるな。あ、朝日だ。
フリウが起きて身繕い(羽繕い含む)している姿が見えた。
仕事中は弁当があるのに、フリウは早起きだな。
フリウは電子レンジでミルクを温めると、弁当を開いた。
ふわりとバラの香りがする。今回のエディブルフラワーはバラか。
全員、朝食を食べた後は交代で運動をする。俺は片手操縦で弁当を食べた。
大変なので、早く誰かに代わって欲しいものだ。
♦♦♦
1番近い村に辿り着く。被害で1番酷いのは1番遠い村だ。情報収集が急がれる。
全部回って得た情報は次のようなものだ。
・死体は見つかっていない。
・無人のボートにはどれも血痕は無かった。
・季節的なものもあり、泳いでいたとは考えにくい。
・いなくなる時間に節操はない。
・いずれも、村から見えない位置で行方不明になっている。
村人たちは、できれば生きていて欲しいが、死んでいた場合でも完全な形で帰って来てほしいと願っている。
何故なら、状態によっては『儀式魔法:
完全な死体に限り(腐敗していてはダメ)格安で『蘇生』できる。
しかし経過時間を考えると難しいと思う………
だが四肢欠損などしていても、フリウなら蘇生できる(魔法の超才能を持っているから)ので、できる限り探そう。
というような状態だ。
相談して、捜索はまず飛行して湖を見て回り、被害現場を………というか湖の大きさと地理を確認。自由に動くための下調べである。
そのあと(飛行中に襲われなければ)ボートに乗って被害の多い順に現場を回る。
飛行して確認した結果、地理は把握した………が、湖が村から死角になる場所(襲われはしなかった)が多すぎる。やはり被害現場を回るのが一番だろう。
引退した漁師を道案内に、ボートを出すことにした。
俺達のボート(車内でサラマンダーの尻尾という意味を込めて「テイル」と命名された)を、バスから下ろしてきた。
6人乗りだ。案内人と死体を乗せる余裕はちゃんとある。
ついでに、モーターが動かなくなった時の為にオールも積んでいる。
この時点で思いつくのは、水の精霊(地域によって色んなタイプがいる)の類だ。
ウォーター・リーパーは俺の『勘』で候補に挙げた。
魔王の力が宿ったら………という前提である。
普通のウォーター・リーパーは子供を呑み込むのがせいぜいだからな。
でも、俺の『勘』は外れない。これだと思う方が良さそうである。
ウォーター・リーパーは妖精の一種で、カエルに似た姿をしている。
だが足は無く、魚の様な尾と、ヒレの様な翼が生えているのだ。
水の中に住んではいるが、陸上の動物を食べる肉食性。
この辺りの伝説にはないので、移り住んできたものだと考えられる。
危害が及ぶと、気絶や死を与える叫び声をたてる。
なので、『サイレント』の魔法をかけた方がいいだろう。
「じゃあ、全員「テイル」に乗り込んだな?じゃあザイルさん(漁師の名前)案内よろしくお願いしますね。大体の位置は把握していますが………」
「任せておいてくれ、近いところから順番に行くぞ」
そして、3番目(一番被害が多いところ)にきた時『勘』が警鐘を鳴らした。
「来るぞっ!」
湖面が大きく揺れ、水底から複数の生き物が飛び出してきた!
ボートは案内人のおじさんの安全のため、気配のない後方に向け、俺たちは自前の翼で飛ぶ。そして確認した。やはりウォーター・リーパーだ!
ただし、その表皮は黒く染まっており、大きさも普通の大型犬サイズではなく、一番デカい奴はバスぐらいの体長がある。
「『下級無属性魔法:サイレント(広域化3倍)』」
フリウが呪文をかける。ここから先の会話はフリウの『テレパシー』に頼る。
「脳を狙え!舌には気を付けろよ!」
ウォーター・リーパーは俺が言うが早いか、全員に舌で攻撃(呑み込み)してくる。
俺とフリウは避けた。ミシェルは巻き付かれたが剣で切った。
最悪なのはヴェル。吞み込まれて、内部から頭蓋を叩き割って出てきた。
ちなみに数は7匹。今6匹になった。
ここからは「もぐらたたき」状態で、脳天への攻撃が集中する。
………ヴェルは毎回同じことをしていたが。
全部を倒した。レベルアップ音楽が夜の湖面に響き渡る(56レベル)
が、一番大変なのはここからで………被害者を腹から引っ張り出すのだ。
フリウが蘇生できるのが9人。不可能なのが20人だった。
とりあえず、輸送するため村からボートが沢山出た。
フリウは1日2人のペースで蘇生し、感謝を受けていた。
だが働き手をたくさん失ったのは確かで………女達や老人が、子供が大人になるまでしばらく持たせるしかないという事だった。
俺にできることは、ウォーター・リーパーがもういないかの確認ぐらいだ。
あと、各村長(亡くなった方もいたが)に金貨を100枚づつ渡しておいた。
結局、ウォーター・リーパーはもういなかった。
最低限、この村々の安全だけは保障できたと思うのだった―――
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