夜桜の下で2人、手を握りながら約束した

赤崎リヒト

夜桜の下で2人、手を握りながら約束した

 桜が舞う季節の事。

 

 ピンクに染る高台でまだ赤い朝日を眺めながら繋いた手の温もりを感じる。

 桜を静かに反射する瞳が僕の心臓を少しずつ締め付けた。空気を含んだ茶色の長髪が頬に触れる度に檸檬が香る。

 7分丈の真白なワンピースは少女の色素の薄さを際立たせ、より彼女を美しくさせていた。

 

 桜を背景とした美しい君の姿に見とれていると、薄オレンジ色のグロスが艶めかしく光る唇で日和ひよりは呟く。

 

「ねぇ叶芽かなめくん、約束して」

 

 君の横顔を見つめる僕に気づ付かない振りをして彼女は続けた。

 

「5年後、またここに来よう。」

 

 5年後の理由なんて分からない。それでも僕はにこやかに笑い、目を軽く瞑り答えた。

 

「もちろんだよ。約束。」

 

 未来に花を咲かせる僕達の笑い声はこれから来る夏を引き寄せている様だった。

 真上に上がる太陽は暖かく、今日という日を祝福している。




 しかし、そんな甘い考えも一瞬で消え去った。

 ――ドンッ――

 地面との摩擦音、鈍い音と誰かの悲鳴が聞こえた。

 彼女の近くに倒れたバイクの車輪はまだゆっくりと回っていて、エンジンから流れ出した真黒なオイルが地面をゆっくりと支配していく。


 世界から音はなくなった。少量のノイズが僕の頭を刺激する。

 霞んだ目に映るのはまだ染まりきらない赤いワンピースに身を包んだ彼女。


 

 日和? ん? え? 血? え、ま。待ってよ。だって、さっきまで。あんなに、楽しそうに笑っててさ……おかしいじゃん。だって、君が。君があんなバイクにね。跳ねられるのっておかしいよ、ねえ。さっき。まで、真白だったのに。……っ君の。声が。声が反響してる。頭の中で……君の笑い声が。

 平気だ、と笑って。よ。太陽みたい、な笑顔で僕の手を。取ってよ。

 叶芽くんはばかだなぁ。って……また。君の声を聞かせてよ。

 

 

 分からない。理解が追いつかなかった。

 わかんないよ。大好きで恋焦がれた少女が今目の前に転がっているのに何も出来なく声も発せず、動けない僕はここに居る意味が無いじゃんか。

 もう何も理解からない。


 君が僕に手を伸ばした。微かに開くその目と震え続けるその腕は冷たく生にしがみついていた。


 すかさず君の手をとり頬に当てる。

 記憶が。全てが再生させていく。僕が死ぬわけじゃないのに……

 彼女は更に冷たくなっていき、腕はいつしか動くことをやめてしまった。

  

 それから数時間か経ってしまったのだろうか。気づくとそこは病院の廊下だった。静まり返った真夜中の病院。


 カッカッ…………

 

 足音が近づいてくる。

 ゆっくりと姿が見えてくる。

 音の正体は白衣に身を纏う高身長の男。

 その男は僕に告げた。彼女は今、亡くなった。と。

 

 薄々気が付いていた。分からない振りをしていただけなんだ。分かりたくなかったんだ。

 

 泣かなかった。僕なんかに泣く資格はないと思った。何も出来ずにただ手を取っただけの自分勝手な野次馬と同じ脳で君に何を言ったらいい? 愛しているとでも言ったら良い?

 

 脳は正常な働きを取り戻さないまま肉体を引きずり静まり帰った家に言葉を投げる。



 

「僕が日和を殺したんだ。」



 

 僕が動けていたら彼女は生きていたかもしれない。僕が周りを見ていたらバイクは来なかったかもしれない。僕が君を救う力があれば君はまだここにいたかもしれない。僕が。僕が。僕が。僕が。僕が。僕が。僕が、殺したんだ。

 罪悪感とは別の名前のない感情に僕の心は自殺した。
















 

 

 拝啓、今は亡き日和へ。

 桜はすっかり満開になり最近はピンクの雪が降っているようです。

 なんて、頑張ってみたけれどやっぱり少し恥ずかしいです。手紙の書き方なんて知らないので思うままに書いてみます。

 日和。あの日を覚えていますか? あの桜の下で約束をした日。

 あの日から今日で丁度5年経ちます。

 早く感じますか? 僕はずっとこの日を待ちわびていました。ずっと君に囚われていました。

 今でも貴方だけを愛しています。

 もし、君に会いに行くことが許されるなら。

 それでは、少し待っててください。

 直ぐにそちらへ向かいます。

 どうか、我儘で君を愛してやまない僕を許してください。





 

 夜が僕を溶かしていく中、あの約束した桜の下に立ち、切なく儚い声で呟いた。

 

「日和、結婚しよう。」

 

 声を放った瞬間、強い風が吹いて桜が舞った。

 少し遅めの檸檬の香りに振り返ると桜の向こうに君が見えた気がした。


 きっと気のせいだろう。

 

 それでも僕は夜桜の下で2人、手を握りながら約束するよ。

 

 この最低な程、美しく残酷な世界に別れを告げて。

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