ちょっと予期していなかった家族計画
ゆきまる書房
私と彼が家族になるまで
「──汝の望みは何だ?」
「……私の、私の人生を全て捧げる。だから、私たち家族に屈辱を与えた全ての人間に、私たちが味わった苦しみを与えたいの!」
憎しみに燃える私の目を覗き込んだ悪魔は、「……承知した」と薄く笑った。
それから十年の時が経った。「許してくれぇ!」と情けなく命乞いをした最後の仇の頭を、悪魔は容赦なく握りつぶした。ぐちゃりと肉と骨が潰れる音がして、動かなくなった仇を、悪魔は近くにあった死体の山に投げ捨てた。それらを冷めた目で見る私に、自身の手に付いた血を拭いながら、悪魔が話しかける。
「……で、復讐をやり遂げた感想はどうだ?」
「別に。思ったよりも達成感はないのね。初めて知ったわ」
全ての復讐を終えた私は、これまでのことを振り返った。父の仲間だと思っていた人間どもが、父を裏切って父を殺したこと。そして、父に大罪人の汚名を着せ、母と私を国から追放したこと。罪人の家族として蔑まれ続け、耐え切れなくなった母が自殺したこと。残された私は人には言えないことをして生き延び、そして、やっと手に入れた魔術書で悪魔を召喚し、私たちに屈辱を与えた人間に復讐を始めたこと。全てをやり遂げた今、もう思い残すことはない。そう考え、私は悪魔に顔を向けた。薄らと笑みを浮かべる悪魔に、私は無感情に告げる。
「さあ、これで契約は終わりよ。好きにしてちょうだい」
「……なら、そうさせてもらう」
笑顔を張り付けた悪魔が、ゆっくりと私に近付く。これから来るであろう痛みと衝撃を受け入れるように、私は目を閉じた。これでやっと、私も父と母と同じ場所に行けるのかな? でも、多くの血を流した私は、これから悪魔の餌になるわけだから、もう二人には会えないか。それだけが心残りだ。そんなことを考えて、思わず笑みが浮かんだ時、私の唇に柔らかいものが触れた。それはなかなか離れない。不思議に思って薄く目を開けると、目の前には目を閉じた悪魔の顔があった。
(……は?)
思考が停止する。これは、ひょっとして、あれ? まさかとは思うけど、あれ? 徐々に頭の中が動き出して、混乱する私を余所に、悪魔の顔がゆっくりと離れたかと思うと、呆けたように見上げる私を見た悪魔が、笑みを深くした。
「……どうした? 好きにしていいと言ったのは、お前の方だろ?」
「え、いや、確かに、好きにしていいって言ったけど……。え? ちょっと待って。だって、私、人生を捧げるって言ったわよね? その、それって、私の魂を食べるってことじゃないの?」
「まあ、確かに最初はそのつもりだった。だが……」
悪魔は目を細めて、一度話を区切ってから、再び口を開いた。「お前と過ごすうちに、お前の魂を食ってしまうのは勿体ないと思った。お前は分かっていないと思うが、お前の魂はまれにみる上玉だ。そうそうお目にかかれるものではない。なら、お前の望みを果たしてそのまま食ってしまうのは、大変勿体ない。なら、どうすればいいか? 簡単だ。お前も俺と同じにしてしまえばいい」
「……は?」
説明されても、よくわからない。頭の中が?でいっぱいになる私の頬を、悪魔がそっと撫でた。まるで、恋人同士の戯れを思い起こさせるようなそれに、心臓がドキリと大きく跳ねる。
「お前も、俺と同じ悪魔にすればいい。安心しろ。お前ほど強く美しい魂なら、悪魔になる素質は十分にある。まあ、儀式の間は少し痛みを伴うが、お前なら耐えられるだろう。さあ、さっさと俺の家に帰るぞ。そうと決まれば、さっさと準備をしないとな」
「ちょ、ちょっと待って! わ、私、まだ悪魔になるとか返事してないし!」
「何度も言わせるな。好きにしていいと言ったのはお前じゃないか。契約を破棄するつもりか?」
そう言われると、言葉を返せない。ぐぬぬと言葉を詰まらせる私を見て、悪魔は楽しそうに笑う。
「……人生を捧げるという言い方なら、どうとでも意味を解釈していいからな」
そう言うと、悪魔は私を抱き上げ、背中の羽を広げた。
「……確かに、『人生を捧げる』と言ったけど」
私の髪を愛おしそうに撫でる悪魔に、私はため息をついた。
「……こういう意味で言ったんじゃないけど!」
私の叫びに、さっきまで人間の骨で遊んでいた子どもたちが、一斉にこちらを振り向く。だけど、すぐに興味をなくしたようで、すぐに持っていた骨で遊びを再開した。深いため息をつく私に、悪魔は優しい声で囁く。
「そう大きな声を出すな。……腹の子に障るぞ」
そう言いながら、悪魔は大きく膨らんだ私のお腹を撫でる。お腹にいる子は、これで五人目だ。してやられた。あの後、悪魔になる儀式を受けた後、疲労と痛みで動けない私に覆いかぶさった悪魔は、三日三晩、それはそれは激しく抱き潰してくれた。そういうことに疎かった私は翻弄されるばかりで、それから数カ月が経って妊娠が発覚した時、悪魔に騙されたことを理解した。
「……なにが極上の魂よ。結局、悪魔が最近少ないから、都合のいい女が欲しかっただけじゃない」
当時のことを思い出して顔を顰める私に、悪魔は不思議そうに首を傾げる。
「極上の魂と言ったのは嘘じゃないぞ。お前のように強く美しい魂の持ち主じゃないと、悪魔になることはできないからな。第一、人間のままの状態だと、せっかく子どもを宿しても、その子どもは大した力を持たないからな。悪魔不足が深刻化している時に、都合よくお前が俺を召喚してくれたんだ。利用する手はないだろ?」
「……私は便利な駒か!?」
そう悪魔に噛み付いても、悪魔は涼しい顔を崩さない。ここ数十年、悪魔に一泡吹かせたことがないのだから、仕方ないけど。キッと睨みつけても、悪魔は愉快そうに笑うばかりで。
「まあ、俺も運がいい。こんな上玉を手に入れられたのだから。……お前に惚れたのは、想定外だったが」
そう言って笑う悪魔の顔は、本当に悪魔なのかと疑うかほど、ひどく優しくて。心臓がさっきからずっとうるさい。赤くなった顔を逸らしても、悪魔は気にした様子もなく、私の髪にキスを落とす。……それだけで許してもいいかなんて思えるほどには、私はこの悪魔に毒されているらしい。
「……お前は俺のモノだ。誰にも渡さない」
そんな言葉がこんなにもうれしいなんて、私もすっかり丸くなったものだ。
ちょっと予期していなかった家族計画 ゆきまる書房 @yukiyasamaru1
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