11
急いでかけ直そうと画面を見た僕は、絵里さんではなく、僕のスマートフォンに異常が発生したのだと悟った。画面は真っ暗になったままで、電源ボタンを押しても一向に反応しない。
(うわ、どうしよう)
絵里さんと連絡がとれなくなってしまった。もっとも連絡がとれなくなって困るのは彼女だけではないが……とにかく、このまま放っておいてもいいとは思えなかった。
出会ったばかりでほぼ他人の間柄だが、このまま見捨てておいたら一生気分が悪いままに違いない。「気のせい」はいつの間にか僕のところにいて、僕から絵里さんに乗り移ったのかもしれないのだ。もしも彼女が危険に見舞われているとすれば、それは僕のせいだと言えなくもない。
とはいえ困った。僕は片山家の場所を知らない。住所どころか都道府県名すら怪しい。絵里さんの移動時間から考えて、そんなに遠くはないはずだが、それにしてもあまりに手掛かりに乏しい。
いっそ警察に通報した方がいいだろうか? でもスマートフォンがいかれてしまった今、僕には絵里さんの連絡先すらわからない。「知人が危険に見舞われているのかもしれないが、どこにいるのかは知らないし連絡もとれない」なんて通報、したところで意味があるだろうか?
(せめて片山家の場所がわかれば……)
僕は目の前のマンションを見上げた。姉の部屋ならすぐに入ることができる。あそこに何か、片山家の住所がわかるものがないだろうか? たとえば郵便物とか――
そう思いついた途端、僕はマンションの中に飛び込んでいた。エレベーターで三階に上がり、持っていた合い鍵で姉の部屋の玄関を開けた。無人の部屋の冷たい空気が僕の鼻先に吹きつけてくる。
中はきちんと片付いていた。前回来たときはかなり荒れていたが、あの後きれいにしたのだろう。姉弟だが、姉は僕よりもずっと几帳面で綺麗好きだった。人がいないせいか、片付いた室内はまるでモデルルームのようによそよそしく見えた。
(姉が郵便物をしまうとしたら、どの辺りだろう)
まずはパソコンが置かれているデスクの上に四角い籠がある。実家での習慣と同じで、ポストの中から取り出された郵便物は、一旦この中に放り込むルールなのだろう。ところがその籠は空になっていた。
(自殺だったもんな……直前に家にある不要なものは捨ててしまったのかもしれない)
年賀状をまとめたファイルが出てきたが、片山家からのものはないようだ。目につく限りの引き出しを開けてみたが、お目当てのものは見つからない。パソコンの中に住所録のようなものがあるかもしれないが、姉のパソコンのログインパスワードなど知るわけもない。
参った。これは詰んだかもしれない……頭を抱えていたそのとき、インターホンの音が部屋中に鳴り響いた。
(誰だ?)
姉の友人知人関係には、ひととおり訃報を伝えたはずだ。宅配便の類だろうか? 姉が「定期お届け便」のようなものをうっかりそのままにしている可能性はある。とにかく出てみなければ――と室内のインターホンの画面を覗き込んだ僕は、そこに映っている人物を見て驚いた。
見浦さんだ。長い髪にはっきりとした目鼻立ち。一度しか会っていないが、確かに本人だと思った。驚いて画面に見入っていると、もう一度インターホンが鳴った。
反射的に応答ボタンを押そうとして、ふと手が止まる。
(おかしくないか? 見浦さんは姉が亡くなったことを知っているのに、どうしてこの部屋に来たんだろう)
もう一度チャイムが鳴る。戸惑っていると、今度は玄関のドアがドンドンと叩かれた。ぎょっとして思わず飛び上がりそうになった。
(外にいるのは、本当に見浦さんなんだろうか。もしかすると見浦さんのふりをした違うものなんじゃないか?)
玄関のドアは内側からきちんと施錠されている。そのことにひとまずほっとしていると、画面の中の見浦さんはスマートフォンを取り出した。どこかに電話をかけているようだが、応答がないのでいらいらしているらしい。あれ? もしかして壊れた僕のスマホにかけてないか……? そんなことを考えた矢先、スピーカーから『小野寺さん!』と声が聞こえた。
『小野寺透さん! いらっしゃいませんか!? 見浦です!』
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