10

 一人になって少し落ち着いてみると、遅ればせながらもやもやとした気持ちが浮かんできた。

(再婚してたんかい……)

 正確な時期はわからないが、絵里さんの口ぶりではここ一年かそこらといった感じだった。いやまぁ、離婚して独身に戻ったわけだから再婚することがあってもおかしくはない。おかしくはないのだが――どうしても姉や響をないがしろにされたような気がしてしまう。

 勢いよくコーヒーを飲み干すと、僕もさっさと店を出た。落ち着かない気持ちのまま、足は自然と駅に向かっていた。何かしらの行動を起こしたかった。家でじっとしている気分ではなくなっていた。

「気のせい」は僕を妨害するかもしれない。昨夜、部屋の中で声がしたのは夢ではなかったと思う。言われたように、行っても無駄なのかもしれない。それでも行けるところまでは行ってやろうと思った。姉の弔い合戦のような気持ちだったのかもしれない。

 キーケースの中には、姉の部屋の合い鍵も入っている。そういえば、姉の部屋にも行って中の様子をちゃんと確認しなければならない。確か、来月末までに引き払わなければならないはずだ。

 駅に着くまでに事故に巻き込まれるかもしれない、乗り込んだ電車が止まるかもしれない――色々考えたり、無駄にキョロキョロしたりしてみたが、実際には何も起こらず、僕は姉の住んでいた街に無事到着した。途中で「最悪両親に影響が及ぶのではないか」と思い至り、慌てて父にメッセージを送ったところ、少しして母とのんびり過ごしているという返信があった。僕はほっと胸を撫で下ろした。

 改めて、子育て世代の住む街だなと思った。交通の便がよく、学校や保育園があって、マンションの間にある公園では子どもたちが遊んでいる。車の絵がプリントされた服を着た子がよちよち歩いているのを見ると、響を思い出して胸が痛んだ。とはいえ、住みやすく治安もよさそうな地域だ。

 とりあえず姉のマンションに向かって歩いた。道を覚えるのはわりと得意だし、すでに複数回同じ道を通っている。さしたる苦労もなく姉のマンションの下に着いた。

 やはり妨害のようなものはない。もしかすると、霊能者に近づけば何かが起こるのかもしれない……それだとわかりやすいのは結構だが、まるで炭鉱のカナリヤだ。一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、駅の方に向かって歩き出そうとしたそのとき、スマートフォンが振動した。

 画面を見ると、メールが送られてきている。最近はほとんどダイレクトメールのためにあるようなアドレスだが、タイトルに「片山絵里」とあったため目を惹かれた。そういえば片山家には、電話番号といっしょにメールアドレスを伝えておいたような気がする。

 メールを開くと、写真が添付されていた。二階建ての一軒家を、その家のすぐ前から撮ったような写真だ。本文はない。

(なんだこれ)

 見覚えのある家のような気もするが、何しろこれといって目立つような特徴がないから、どこで見たものか見当がつかない。ただ差出人が絵里さんだということを考えると、この家は片山家なのかもしれない。なぜそんな写真を僕に?

 画面を見つめている途中で、今度は電話がかかってきた。やっぱり絵里さんだ。一体なんの用事なのだろう? ともかくも電話に出てみると『小野寺さんですか!?』という絵里さんの声が聞こえた。

「はい……」

『写真見ていただけました!? 写ってました!? 写ってますよね!?』

「ええと、あれ絵里さんのご自宅ですか? 家の外観は写ってましたが何が」

 よほど焦っているのか、絵里さんは僕の話をよく聞いていないらしい。こちらを途中で遮って、『あれお姉さんですか!?』と尋ねてきた。

「はい?」

『窓のところに写ってたでしょ? お姉さんですか? ねぇ、肩くらいの髪で眼鏡かけてて』

 ぞっとして思考が一瞬止まった。絵里さんが言っている特徴は姉のものと一致する。窓のところ? 何か写っていただろうか。確認したいが、そのためには一度電話を切らなければならない。

『どうしよう、中にいるんです。入れない……どうしよう。どうしたらいいですか!?』

「あの、とにかく落ち着いてください。そうだ、ご家族は?」

『連絡がとれないんです。いるはずなのに誰も出なくて』

 涙声の後、荒い呼吸音が続いた。それから『あっ』という声がして、電話が切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る