12
どうやら見浦さんは(表にいるのが本物の見浦さんかどうかはさておき)、姉を訪ねてきたわけではないようだった。どういうわけか彼女は、僕がここにいることを知っているらしい。
モニターを見ながらじりじりと考えた。偽物なら招き入れるのは危険だが、本物なら大切な用事があるのかもしれない。答えを出せずに迷っていると、他の部屋の住人らしき男女が、ドアの前にいる見浦さんを不審そうに振り返りながら通りすぎていった。
どうやら他の人にも、ドアの外の見浦さんが普通に見えているらしい。だとしたら彼女は「気のせい」ではなく、本物の人間なのではないか?
僕は思い切って玄関のドアを開けた。そこに立っていたのは確かに本物の見浦さんに見えた。彼女は僕をじっと見つめると、
「すごい……ほんとにいると思いませんでした」
と言った。僕がいると思っていたのかいなかったのか、どちらなんだ……?
わけがわからず戸惑っていると、見浦さんは「あっ!」と言って手を叩いた。
「急がなきゃ。小野寺さん、実はまりあちゃんのお師匠さんに会えたんです」
「えっ、連絡とれたんですか?」
「いえ、いきなりうちに来てですね……ちょっとすみません、ふーっ……」
見浦さんは息を大きく吐いた。よく見ると額に汗をかいているし、肩で息をしている。相当急いでここまで来たのかもしれない。
「その人が、小野寺さんが――あの、すみません。透さんとお呼びしてもいいですか?」
「えっ? あ、はい。どうぞ」
いきなり下の名前で呼ばれて驚いたが、見浦さんにしてみれば、単に姉と僕がどちらも「小野寺さん」だから紛らわしいだけなのだろう。
それにしても、やっぱり彼女は本物の見浦さんのように思える。見浦さんは気持ちを落ち着かせるように、もう一度大きく息を吐いた。
「で、そのお師匠さんが、透さんがここにいるって言ったんです。全然理屈がわからないんですけど、霊感――? なのかな? でも実際透さんはいらっしゃいましたし」
「はぁ……すごいですね」
見浦さんの話だけだと、霊能者が何をしたのかさっぱりわからない。が、実際当たっていたというなら確かにすごい。
「で、見浦さん、僕になにか用事があったんですか?」
「あっ、そうそう。探しものです!」
「探しもの?」
どうやら僕というか、この部屋に用事があったということらしい。
「まりあちゃんのお師匠さんに頼まれたんです。ちょっと失礼しますね」
見浦さんはスマートフォンを取り出して電話をかけ始めた。そういえば僕のスマホ壊れたって言っておいた方がいいな……と思ったが、電話中なので後にすることにした。
少しして彼女のスマホから『はい』と男性の声がした。
「見浦です。本当に透さんいました! で、どうしたらいいですか?」
『見浦さん、今東西南北で言うとどこ向いてるかわかります?』
歯切れのいい声が聞こえる。掃き出し窓の方を向いている見浦さんに「南です」と教えると、彼女は小声でありがとうございます、と囁いてから、電話の相手に「南です」と答えた。この相手が「まりあちゃんのお師匠さん」なのだろうか?
『じゃあ右手の方かな、ドアがあります?』
「ありますあります」
見浦さんが南を向いたままカニ歩きで向かった先には、隣の部屋に向かうドアがあった。さっきちらりと開けたが、そこは寝室で、ベッドやクローゼット、ドレッサーなどが置かれていたはずだ。見浦さんはドアを開け、「入りました」と告げる。
僕も気になってついていった。この部屋もリビングと同じく、きちんと片付いている。
『鏡あります?』
「あります。ドレッサーですけど」
『それじゃ、抽斗見てもらえますか』
「はい!」
見浦さんがドレッサーの一番上の抽斗を開け、一枚の紙を取り出した。
「これ……ですかね。これみたいです」
呆然と呟いている。僕も後ろからそれを覗き込んだ。
ドン、と心臓を押されたような心地がした。
それは葉書だった。いかにもテンプレートらしい花束のイラストの下に、「結婚しました」という文字が見えた。その下に、元義兄と絵里さんの名前が並んでいる。
葉書には手書きで、
「不幸な出来事は忘れてあなたも幸せになってください」
と書かれていた。
一瞬おいて、脳の芯が沸騰するような怒りが湧き上がってきた。
誰がこの文章を書いたのだろう。元義兄か? それともその両親か? どの面下げてこんなことが言えるんだ?
見浦さんが「ありました」と告げる声が、なぜか遠く聞こえた。
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