16

「小野寺さん、今からリモートで話しましょう。ふたりで、ここで」

 私がそう言ったときの小野寺さんは、何とも言えない表情をしていた。そうだろうな、と思った。こんなことを言われたら、私だってきっと変な顔をしてしまう。

「……ここで?」

 小野寺さんがそう言って眉を寄せた。私はうなずいた。

「見浦さん、私たちすでに対面しているから、リモートにする必要はないはずなんだけど」

「でもやりましょう。もしかしたら何か映るかもしれません」

 そう言うと、小野寺さんの目が光ったような気がした。

 私がおかしなものを見たのは、二回ともリモートで話しているときだ。肉眼では一度も見ていない。小野寺さんが今まで何も見ていないのだって、彼女の霊感やなにかの問題ではなく、肉眼で見ようとしたからではないだろうか。理屈はわからない。でも、もしもそういうルールがあるのだとしたら、それに従えば見ることができるはずだ。

 もしも小野寺さんがあの黒い影のようなものを見て、その上でまだ「これは亡くなった息子かもしれない」と思うのなら、もう私にできることは何もないかもしれない。でも、あの姿を見て二歳の男の子を想像する人がいるだろうか? 大きさも動きも、幼い子どもにはとても見えないんじゃないだろうか。

 これが小野寺さんの呪いを解く方法であってほしい。そう祈りながら、私はスマートフォンでリモート用のツールを立ち上げた。解いた後で何が起こるかなんて、考えようともしていなかった。

 小野寺さんも同じくスマートフォンで同じツールを開いている。やっぱり姿を見て、ちゃんと確認したいのだろう。準備が整うと、私たちは目を合わせて互いにうなずきあった。

 こうして、三回目のリモートが始まった。


「そっちどう? 私映ってる?」

 小野寺さんがそう言うのに被せるようにして、画面の中の彼女が同じことをしゃべる。「映ってます」と答える私の声もダブッて聞こえた。

 通信障害が心配だったが、今のところその気配はなさそうだった。それでもいつこの接続が切れるかわからない。早く見つけて、終わらせてしまいたい。

 室内は静かだった。こういうときに限って何も起こらない。棚からおもちゃを落としたり、壁にいたずら書きをしていたという話が嘘のようだ。

(きっと見られたくないんだ)

 私はそう思った。(姿を見られたらおしまいだってことがわかっていて、どこかに隠れているのかもしれない)

 柔らかそうなシートを敷いたプレイゾーンには、いない。いたずら書きがたくさん描かれた壁の近くにもいない。小野寺さんの隣や後ろにもいない。あちこちにカメラを向け、どこかに映ってほしいと願いながら画面を確認した。いない。

「見浦さん」

 小野寺さんが私を呼ぶ。やっぱり小野寺さんにも、私たちがやっていることが不毛に思えるのだろう。言い出しっぺの私ですらそう思い始めているのだから、無理もない。

「見浦さん」

 でも、これではまだ諦めることができないのだ。せめてもう少し、いっそ通信障害が起こるとか、やむを得ない事情がありさえすれば、すぐにこんなことはやめてしまうのに――

「見浦さんってば、ねぇ」

 小野寺さんが私を呼びながら、手に持ったスマートフォンの画面を食い入るように見つめていた。私はそのとき、ようやく彼女の尋常ではない様子に気づいたのだった。

「ねぇ……この黒いの何?」

 うわ言のようにそう呟いた小野寺さんの手が、傍から見てもすぐにわかるほど震えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る