04

 まりあちゃんに尚輝のことを話してしまったのは、後から考えれば大人げないし配慮が足りなかったとも思う。「本当は私の弟、死んでるの。一緒に住んでるふりをしていただけなの」なんて言われたら、さぞ気味が悪かっただろうし、嘘をつかれていたことに不快感を覚えたかもしれない。

 でもまりあちゃんは落ち着いていた。内心でどう思っていたかなんてわかりようはないけど、ともかく私の話を静かに聞く間、別段疑ったり、怖がったりする様子はなかった。やがて私の話が終わると、待ち構えていたかのように「あのね、見浦さん」と話しかけてきた。

「十月頃だっけ? 見浦さんに弟さんの話を聞いた後から、だんだん上の物音が大きくなってきたから、どうしてかなって実は思ってたの」

 驚くほど平気な顔でまりあちゃんは言う。

「でも、そういうときパパに聞くと、物音なんか聞こえないっていうのね。だから弟さん、もしかしたら普通のひとじゃないのかなって、こっそりうたがってた」

 かわいらしく告白されて、少しぽかんとしてしまう。そんな隠し事をされていたなんて思ってもみなかった。

「――まりあちゃん、怖くなかった?」

「うーん、なんか……そういうこともあるかなって」

 まりあちゃんははにかむように笑った。

 不思議な子だなと思った。目が見えないだけじゃなくて、私とは感覚が違う気がする。この子は一体どんな人生を送ってきたんだろう――今更のようにそう考えた。そういえば、私は彼女のことをあまりよく知らない。

「やっぱりよくないかな、こういうの」

 私が尋ねると、まりあちゃんは当たり前のように「そうだね」と答える。「死んじゃったひとをそういう風にするの、やっぱりよくないと思う」

「じゃあ、まりあちゃんは――」

 そうやって、つい口に出しかけた言葉を飲み込んだ。

 私は聞きたかったのだ。親しいひとを失ったとき、どうやって日常に戻ればいいのか。死別か離婚かわからないけれど、まりあちゃんは母親と一緒に暮らしていない。彼女がどうやって母親の不在に折り合いをつけているのか知りたかった。でも、やっぱりすごく辛い経験を超えてきたのかもしれない。こんなこと、迂闊に聞いていいことではない。

 まりあちゃんは口を閉じて、何か考えているようだった。何か言いたいことがあるような感じだった。やがてためらいがちに口を開くと、

「見浦さんはどうしたい?」

 と聞いた。

「どうって?」

「小野寺さんってひとに、その……何かが移っちゃったっぽいのが気になるんだよね? だから、どうにかしたいのかなって思って」

 改めて聞かれると、すっと気持ちが冷めて考え事をする頭になる。私は一体どうしたいんだろう?

 あれが小野寺さんにとって危険なものなら、すぐにでも排除したいと思う。でも、もしもそうでないとしたら?

 私があの気のせいと共に生活していたように、特に害もなく暮らしているのだとしたら。むしろ亡くなった息子さんのような存在と共にいられるのは、小野寺さんの望みかもしれない。

 即答できない私を、まりあちゃんは黙って待っていた。が、「うん」とひとつうなずいて、「すぐ決めるのって難しいよね」と言った。

「見浦さんが何か困ったら言ってね。その、あんまり話しちゃいけないんだけど、なんかわたし、役に立つことあるかもだから……そうだ」

 これ渡そうと思ったんだ、と言いながら、まりあちゃんは自分のポケットを探った。

「これあげる。お守り」

 そう言ってまりあちゃんがダイニングテーブルの上に置いたのは、なんの変哲もない、ボールチェーンのついた小さなぬいぐるみだった。

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