05

「お守り? いいの?」

 私はテーブルの上のぬいぐるみを手にとり、しげしげと眺めた。

 おそらくそのもの自体は特別なものではないだろう。ゲームセンターのクレーンゲームの中に入っていそうな、ありふれたクマさんのマスコットだ。タグがついており、手作りの品というわけでもなさそうだった。本当にごく普通の既製品といった感じだ。まりあちゃんがどんな理由でこれを「お守り」というのかはわからない。学校で流行っていたりするのだろうか?

 まりあちゃんは私の様子を伺って、

「たぶんね、わたしに特別できることって、まだないと思う」

 と言った。

「でも、何かできたらいいなって思うから、お守りあげるね。これ、悪いことが起きても大丈夫なようにってもらったんだけど、見浦さん、そういうのが必要そうな雰囲気してるから」

「本当にいいの? まりあちゃんがもらったんでしょ?」

 私が尋ねると、まりあちゃんはにこっと笑った。

「うん! 実は消耗品だからって、同じのをあと五つもらってるの」

 消耗品なのか。なんだか可笑しくなって過ごしだけ笑ってしまった。それだけ点数があるということは、やっぱり流行り物なのかもしれない。お守りの霊験はともかく、彼女の厚意が嬉しかったので受け取ることにした。

「まりあちゃん、ありがとう。これ、ちゃんと持ってるね」

 私がそう言うと、まりあちゃんは嬉しそうに微笑んで、「どういたしまして」と答えた。

 クマさんを眺めながらふと「悪いことって何が起こるのかな」と呟くと、まりあちゃんは「わかんない」と言った。

「でも、死んじゃった人と生きてる頃みたいに一緒にいるって、あんまりよくないことみたい。生きてるひとが、死んでる方に引っ張られちゃうことが多いって、おし……だれかに聞いたことあるし」

 そのとき、まりあちゃんのスカートのポケットの中で、ブーンという音が鳴った。キッズケータイの通知音だ。

「そろそろパパが帰ってくるみたい。わたしも帰らなきゃ。見浦さん、困ったらほんとに教えてね!」

 まりあちゃんは何度も手を振って、自宅に戻っていった。

 後に彼女の言った「困ったらほんとに教えてね」という言葉を真に受けなかったことを、私は後悔することになるのだけど、そのときはそんな風に考えなかった。まりあちゃんが私のことを心配してくれたことはもちろん嬉しかったけれど、本当に彼女がこのことを解決してくれる糸口になり得るとは、思いもしなかった。

 このときの私は「この小さな友達に、これ以上心配をかけることがあってはいけない」と思っただけだった。


 その夜、どうしても気になって小野寺さんにメッセージを送った。

『今日会社で具合悪そうに見えたけど大丈夫ですか?』

 一時間ほど経ってようやく既読がつき、『心配してくれてありがとう! そんな風に見えちゃってた? 全然大丈夫だから安心してね』

 という返事が送られてきた。私は『ならよかったです。勘違いしてすみません』と返信し、小野寺さんからは猫のイラストが「ありがとう!」と手を振っているスタンプと、枕を抱いて「おやすみなさい」と言っているスタンプが連続して送られてきた。会話はそこで終わってしまった。


 同じ部署の社員が予定よりも早く産休に入ることになった関係で、珍しく出社日が続いていた。

 翌火曜、また適当な理由をつけて総務部のオフィスを覗きにいくと、小野寺さんはちゃんと彼女のデスクに座っていた。その姿を見たとき、ざわざわと背中を何かが這うような厭な感じがした。

 細い、と思った。小野寺さんがまた細くなっている。落ち着いてよく見ると、体型が変わったわけではないとわかるのに、ぱっと見たときには「細い」と思う。単に痩せたのとは違う。細いというか、薄いというか――

(見浦さん自身の雰囲気もちょっと変わって、前はもっと薄い感じだったんだけど)

 私は、昨日まりあちゃんがそう言っていたことを思い出した。それはすぐに「死んだひとに引っ張られる」という言葉に結びつき、考えすぎだと自分を戒めても、容易く頭を離れなかった。

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