かえる

01

 小野寺おのでらさんとのリモート飲みから丸二日が経ち、ようやく週末が終わった。

 月曜日に出社した私は「文具が不足している」というのを口実に、早々に総務部に向かった。むろん、小野寺さんに会うためだった。

 リモート飲み会が終わってからも、彼女の様子は気になっていた。土曜日の朝に「次の予定を聞く」という名目で連絡をしたところ、打って変わってあまりはかばかしい返事がもらえなかった。

『来週からちょっと忙しくて。ランチなら何とかなるかも』

 どうやら外でもリモートでも、ゆっくりお酒を飲む時間はとれないようだ。先週の小野寺さんとまるで様子が違う。もしかすると私と関わりたくないのではないか――と心配しながら総務部に向かったのだが、

「あっ、見浦みうらさーん! 金曜はどうも!」

 小野寺さんは私を見つけると朗らかに手を振った。散々心配していたために肩透かしを食らったような気分だったが、元気そうな様子には安心した。

 でも、近づいてみてぎょっとした。小野寺さんは先週よりも明らかに細い――というか「しぼんでいる」感じがした。単に痩せたというよりは、身体のハリがなくなったという感じだ。リモート飲みのときと様子が違う。

 そのリモート飲みをしたのはつい先日だ。元々標準体型の小野寺さんが、たった三日かそこらで急に痩せたように見えるというのはおかしいのではないか。

「どうも……」

「楽しかったよ、付き合ってくれてありがとうね。またやりたいんだけど、今うち息子がいるからさぁ」

 小野寺さんははきはきとそう言った。そのとき、近くの席にいた総務課長の肩がぴくっと動いたのがわかった。

「小野寺さん、一人暮らしじゃなかったですか?」

「今は息子と住んでるの。まだ小さいから手がかかってね」

 そう言ってにこにこしながらスマートフォンを見せてくれる。カラフルなプレイマットの上に、ミニカーがいくつも落ちている画像だ。こういうものがあるってことは子供がいるんだろうな、と推測するのに十分なものではあるけれど、そこに肝心の子供が映っていないのがなんとなく不気味だった。私が「はぁ」と曖昧な言葉を返すと、小野寺さんはにこっと笑った。

「ああ、見浦さん、なんか用事じゃなかったっけ? すっかり呼び止めちゃった」

「あの、プリンタの用紙と、あと付箋紙って……」

「ああ、プリンタの用紙はさっき補充が届いたばかりでまだ向こうに積んでるの。持ってくるから待ってて! 付箋紙があるところはわかるよね」

「あ、はい。ありがとうございます……」

 小野寺さんが軽い足取りでオフィスの奥の方に消えていく。その背中を見送っていると、後ろから「今朝からあんな感じなんだよね」と声をかけられた。総務課長がいつの間にか立ち上がって、私の近くに来ていた。

「元々明るい人だけど、今日はまた妙にテンション高くてさ。僕は心配だなぁ。あの人急に息子さんの話なんか始めて……」

 そう言って肩を落とす。

「小野寺さん、お子さんいましたっけ?」

「ああ、あれ見浦さんが入社してくる前だったか。いやね、みんな気の毒だから口に出さないようにしてるんだけどさ。小野寺さん、何年も前に息子さんを亡くしてるんだよ。まだちっちゃい、可愛い盛りの子だったから本当に気の毒で」

 ちっちゃい子、と聞いて、私はとっさにさっきの写真を思い出した。プレイマットとおもちゃの車。いかにも小さな子どものいる家庭だ。

 その時、オフィスの奥からA4の用紙の束を抱えた小野寺さんが、こちらに戻ってくるのが見えた。私と目が合うと、にっこりと笑う。

 その笑顔が、急にうすら寒いものに見えた。と同時にあの写真を見せてきた小野寺さんが家で何をやっているのか、私にはすっとわかったような気がした。

「急にあんな感じになっちゃって、何かあったのかね」

 総務課長が溜息をついた。私は胸の奥に凝っていた厭な予感が、膨らんでいくのを感じていた。


 金曜日、リモート飲み会が終わってから、「気のせい」は鳴りを潜めている。

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