06

 駅まで歩いていくうちに、肩の重みはいつの間にかなくなっていた。少し冷えたのかもしれない。さほど気にすることもなく電車に乗り込み、自宅を目指した。

 電車の中で姉に「急に帰ってごめん」とメッセージを送った。少しして、「いいよ~またおいで」という返信と共に、家の中の写真が送られてきた。プレイゾーンにミニカーがいくつも落ちている。僕に「響だね」と言わせたいのだろうか。

 僕はメッセージアプリの画面を閉じ、背もたれにもたれて深く息を吐いた。やっぱりよくないことになっている、と思った。両親に相談すべきかもしれない――とはいうものの、気が重かった。最近は持病持ちの母の体調が芳しくなく、厄介ごとを増やすのは避けたい。それに、今日の出来事をどう説明したらいいのかわからなかった。両親ともリアリストだから、僕まで幽霊がどうこうなんて話をしたら、叱られるか泣かれるかのどちらかだろう。

 そもそも初孫である響を失ったことで、両親もかなり打撃を受けているのだ。どんな顔をされるか……と思うと心が沈んだ。

 やっぱり時が解決してくれると信じて、そっとしておいた方がいいだろうか。

 もしも姉が仕事にも行けず家のこともできなくなっている、というのなら、無理を押してでも両親に相談するし、僕自身も助けになろうとあれこれ手を出すだろう。でも今の姉はそういう状態ではない。仕事もすれば家のこともこなしている、ただその生活の中にもういないはずの響を組み込んでしまっているというだけ――怪しい現象が起こっていなければの話だが――、それだけなのだ。それが姉の救いになっているというのなら、一気に取り上げるべきではないのかもしれない。時が経ち、傷が癒えて、姉自身が「もう必要ない」と思えるようになるまで、見守っているのが正しい選択肢なのかもしれない。

 そう考えはしたものの、胸騒ぎがした。何かがとんでもない方向に向けて転がり出しているような気がした。


 次の日は平日だったが、姉はやはり写真を送ってきた。プレイゾーンに棚の上のおもちゃがぶちまけられている。

『どう?』と添えられていた言葉に、僕は『わからん』と返事を送った。響だ、とまるで思わないわけじゃない。でも「響がいるね」と軽々しく言ってしまうのは、やっぱりよくないことだと思った。

 次の日もまた写真が送られてきた。赤や青のクレヨンでマンションの壁にぐるぐる線が描かれている。響はくっきりした色が好きで、赤や青、黒といった濃い色のクレヨンを多用していたことを思い出した。僕は『掃除だいじょうぶ?』と送った。『子供だからしかたないよね』という返信がきた。

 僕の脳裏に、壁にクレヨンを擦りつける姉の姿が浮かんだ。それは滑稽で哀しい姿に思えた。「やっぱり響かもね」と言ってやりたくなるのを堪えて『手伝ってほしいことあったら言いな』と送った。「ありがとう!」と猫が飛び跳ねているスタンプが返ってきた。姉から送られてきた写真を眺めていると、なぜかまた肩が重くなってくるような気がした。僕はそれ以上の返信をせず、メッセージアプリを閉じた。

 次の日は、ひっくり返った皿の写真が送られてきた。裏返しになった器の上に、その中に収まっていたとおぼしきオムライスが載せられていた。

 そしてその次の日には、何の連絡もなかった。

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