第7話

 8月も半ばに差し掛かった。外は相変わらずの暑さ。窓の隙間からぬうっと入ってくる重苦しい空気が外の暑さは危険だと知らせている。

 私は動かしていた手を止めて、チラリ、と隣でせっせこ作業をする春を見やった。

 あの日、気づいてしまった春の思い、そして私の思い。それからどうしてか、私の気分は重いまま。ずぅんとお腹の底に何かが溜まっている感じがするのだ。

「そういえば、陽ちゃん、もう決めた?」

「なにを?」

「部誌の、文化祭号に載せる原稿。」

 我らが文芸部(私は仮入部だけど)は文化祭で部誌の配布をするらしい。その際、普段割り振られる原稿量よりも多くなり大変だと春は言っていた。

「うん、学園ものを書こうと思ってる。」

「そうなんだ。楽しみにしてるね。」

 それっきり、ぱたりと会話は途絶えてしまった。これまで、こんなこと何度もあった。それなのに、今は耐えがたいほどの気まずさが襲ってくる。何か、何か言わねばと話題を探していると、そこにまた気まずさの元凶———秋田大成が現れた。

「お、またこのコンビだ。ってか衣装は二人しかいないわけ?」

「しょうがないよ。みんなそれなりに忙しいんだって。」

 運動部や吹奏楽部の子たちの夏は忙しいのだ。ほんの数ページ原稿量が増える文芸部とは違う。

「だからってほら。俺だってバレー部だけど今ここにいる。」

「ふふっ、本当にバレー部?もしかしてユーレーだったりして。」

 春が笑いながら秋田大成をからかうのを見て私もつられて笑いながら、そういえばと気が付く。

 友達になってほしい、と頼まれたときのオドオドした感じが今ではあまり感じられない。現にこうして秋田大成をからかうくらいのことはできるようになっている。ということはつまり。これからきっと、春のいいところがどんどん前面に出てくるんだろう。それは喜ばしいことだ。・・・・・・ただ、そのはずなんだけど、妙な違和感というか、不安が拭いきれない。

 ―――もしかして私、春に嫉妬してる?

「どうしたの、陽ちゃん?」

 どうやら考え事をしながら春をじっと見つめていたらしい。はっと意識をこちらに戻すとキョトンとした目が四つ、こちらをまた見つめていた。

「ううん、なんでもない。」

 胸のモヤモヤとした感じが残ったまま、私は無理やり頬の筋肉を動かして笑顔を作った。


 その日の帰りは途中まで三人で帰ることになった。春は最寄り駅が違うから別れてしまうのだ。

「そいえばさ、影野の印象、なんか短い間に変わったよな。」

 唐突に出た秋田大成の言葉にどきりとした。じわりと手のひらが湿っていく。

「そうかな?」

「なんか、最初の頃の怯えた感じがあんまりないような気がする。」

 やっぱり、秋田大成から見てもそう見えるんだ。そのことに少しガッカリしている自分がいることに失望した。

「うーん。でも、そうなのかも。最近はあんまり人と話すのも緊張しないというか。やっぱり陽ちゃんのおかげかな。」

「そんなことない。もし私が多少なりとも影響してても変わるか変わらないか決めるのは春だもん。」

 そう言うと、春は嬉しそうにはにかんで見せた。


 じゃあね、と春と別れた後、私と秋田大成は並んで歩く。ドキドキが止まらない。今までどんなふうに話していたか、もうわからなかった。

 ふと隣を見ると、秋田大成は何かを考えこむように遠くを見つめていた。

「どうしたの?」

「ん、あ、いや。なんでもない。ちょっとぼーっとしてた。」

 いつになく歯切れの悪い彼の反応が余計に私の不信感を膨らませる。それを察してか、秋田大成は「なんかさ」とこれもまた歯切れ悪く切り出した。

「さっき福寿は自分の影響を否定してたけど、俺はお前の影響も少なからずあると思う。」

「どういうこと?」

「俺、最近お前ら二人が似てきてると思うんだ。たまに、一瞬見間違うくらいには。」

 ま、でも気のせいだよな、と後から付け加えられた秋田大成の言葉は私の耳にはもう届かなかった。頭が真っ白になって、何を言っていいのか、どうしたらいいのかわからなかった。やけに、セミの声だけがはっきりと聞こえていた。

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