第5話

 気が付けば、セミがけたたましく鳴く季節になっていた。外に出るだけでじんわりと汗が滲む。

「そういえばさあ。」

 そんな中、隣を歩く秋田大成はおもむろに口を開く。いつからか、何故だかは分からないが、私たちは駅で会うと、自然と一緒に学校に行くような仲になっていた。昔だったら考えられない。男子が隣を歩いているなんて。

「福寿はなんか部活やってたっけ?」

 唐突に放り込まれたブカツという単語に、一瞬なんのことかわからなかった。私にとってはもう異国語も同然なのだ。少なくともここ数年は縁がない。

「やってないよ。なんか、これっていうのがなくて。」

 私は秋田大成のようにやりたいことがはっきりと決まっているわけではない。そして新しいことを始めようという意欲もそこまでない。よって、私は全く部活動というものとは縁がなかった。

「へえ。」

 秋田大成は別段驚く風でもなく相槌を打つ。それから少し考えるような素振りをして、再び口を開いた。

「文芸部とかは?」

「文芸部?」

 そんな部がこの学校にはあったのか。

「いつだったかの現文の授業でさ、作文書かされたじゃん?あれ、お前の読んだ時すげえうまいなって思ったんだよな。」

 そういえば、そんなこともあった気がする。確か、「高校生活での目標」みたいな題目で作文を書かされて、班の中で読みあいをしたのだ。私の場合は特に頑張りたいことも見つからなかったので、平凡でありがちなことを書いた気がするのだが、それもまあ半ば適当に書いたのでいまいちよく思い出せない。

 それにしても、本当に彼のすること、言うことにはいつも驚かされる。そんなところまでよく覚えているし、見ているものだ。

「・・・・・・ありがとう。」

 確かに本を読むのも漫画を読むのも好きだけれど、こうして文章を褒められると言うのは初めてだった。急に照れ臭くなって、私はすっと視線を逸らす。

 それにしても、文芸部、か。

 ん、「文芸部」?この響き、どっかで・・・・・・。


「陽ちゃん、文芸部に入るの!?」 

「いや、まだ決めてないけど。」

 学校で、春に「文芸部」のことを相談すると、彼女はこれ以上ないほど目をルンルンと輝かせた。「友達になろう」宣言をした頃に春が文芸部員だと聞いていたのだ。

「おいでよ!絶対楽しいから!」

 この数ヶ月で春は少し変わった。話し方といい、振る舞い方といい。今は敬語もとれ、無駄に力が入った様子もない。前よりも生き生きしているように見える。

「ところで、文芸部って普段どんなことするの?」

「普段はほとんど部員は来ないかな。大体の人は家で各自原稿完成させちゃうから。全員が集まるのは原稿の締め切り日と月一回の読書会。読書会っていうのは、それぞれが一冊、好きな本を読んで紹介しあう会で、みんなでお菓子とか持ち寄って割とワイワイやってるんだよ。」

 ふむふむ。

「ちなみに、今の部員は12人で、一年生4人、二年生が6人、三年生が二人。」

 へえ。私が思っていたよりも人数が多いかもしれない。文芸部の平均的な人数を知ってるわけでもないんだけど。

「とにかく、一回おいでよ!今日活動日だし!あ、ちなみに活動日は月曜と水曜。場所は社会科室準備室。」

「うん、じゃあ、行こうかな。」

 二つ返事で了承したあとで、はた、と気づく。最初のうちは言われたからなんとなく話を聞く、という程度の関心だったはずなのに、今では「文芸部」と言う響きに小さな高揚感を覚えているということに。


 放課後。

「陽ちゃん、部活行こう。」

 帰り支度をしていると、いつ帰り支度を終わらせたのか、いつもより興奮気味な春が駆け寄ってくる。

「く福寿、部活入るのか?」

 春の言葉を聞いて、秋田大成は少し驚いたように言う。

「部活に入ればって助言したの、君じゃなかったっけ?」

「いや、そうだけど。本当にその通りにするとは思ってなかった。」

 ふむ、秋田大成でもわからないことはあるのか。

「ほら、陽ちゃん早く!」

 もう待ちきれないと言わんばかりに、私の手を引く春。教室を出て行こうとする私に、秋田大成は「部活、」と声を投げかける。

「楽しいといいな!」

「っ、うん!ありがと!」

 慌ててお礼を言って、私たちは教室を後にした。


「ここが文芸部。」

 春に連れられてやってきたのは、特別棟の一階。窓から差し込む光に照らされた埃たちがキラキラと舞っている。床には冊子や紙が所狭しと散らばっていて、奥の方にポツンと一台、パソコンとプリンタが置いてある。何がいいたいかと言うと。

 とっても汚い。

「ねえ、春。これさ、」

「「足の踏み場がない」」

 なんだ、わかってるんじゃん。なんかみんな片づけ苦手でね……と苦笑いをしながら言う春をよそに、私は足元に落ちている冊子のうち一冊を手に取ってペラペラとをめくっていく。前半はイラストのようで、後半からは文字の羅列でびっしりと埋め尽くされている。

「ここって、文芸部じゃなかったっけ?」

「そうだったんだけど、漫画同好会とくっついたからイラストも載せてるの。」

 へえ。

「で、どう?」

「どうって、早くない?」

 まだ来たばかりで、ちょっぴり部誌に目を通したくらい。まだ入りたいかなんて分からない。

「そうだよね・・・・・・じゃあ、一回お試しで入ってみれば?仮入部、みたいな感じで。」

 仮入部、か。私はしばし考える。このまま平坦な道をただ進んでいくか。それともとりあえず、よくわからないが木々の生い茂った森の中を歩いてみるか。

『お前の読んだとき、すげえうまいなって思ったんだよな』

 朝の、彼の言葉とともにぱっと目の前が明るくなったようになる。以前なら間違いなく前者を選んでいた。でも、今は。

「仮入部、してみたい。」

 なにかを始めてみたいような、そんなやる気に駆られていた。遠くから輝きを眺めるんじゃなくて、実際に輝いてみたい。そう思うのだ。

「本当!?じゃあ早速、次回の原稿についての説明するね!」

 春のすっかり興奮しきった様子が私にもうつる。ドキドキと胸が高鳴る。全身をめぐる血液が熱くなっていくような感じ。

 春や秋田大成と出会って確実に、私の中で何かが変わっている。何かはよくわからないけれど、この感じは悪くない。むしろ気持ち良い。私はそっと、その感覚を噛み締めた。

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