第3話
翌朝。
私はいつもよりも遅い時間に家を出て、駅までの道をとぼとぼ歩く。昨日、秋田大成に相談に乗ってもらったのは良かったものの、あの後、彼の前で泣いてしまったこと、そして影野春とのやり取りを聞かれていたことが恥ずかしさとなって、ふつふつと湧き上がってきたのだった。
影野春のまっすぐなまなざしと、秋田大成の「ぶつかってみてもいいんじゃないか」という言葉。どちらも一晩中、私の頭の中にしみついて離れなかった。
「よし。」
周囲の人に聞こえるか聞こえないかの声で、小さく自分を鼓舞する。見上げた空はすっきりとした群青が広がっていた。
……ついに、来た。
やっぱり事前に決心していても、いざ学校につくと尻込んでしまう。幸い、まだクラスメイトとばったり顔を合わせる、なんてことはない。まあ、どうせ教室に行けばどうせ会うのだからどこで会っても変わらないのだが。
「あ、陽ちゃん。」
背後からする声にドクン、と大きく心臓が波打つ。その振動は体に伝わり、大きく揺れる。
「かげの、はる。」
唯一絞り出した声。情けないほどにかすれていて、駅までの道のりでした決意はどこへ行ったと、誰かが遠くで叫んでいる。
「あの、さ。」
大丈夫。私ならできる。
肺に新鮮な空気をたっぷり吸いこんで、私は半ば叫ぶようにして、言う。
「昨日は、ごめん!」
「え?」
影野春は何の話か分からないといわんばかりの、表情をする。
「昨日って?」
「放課後に、『友達になりたくない』とか、『金輪際話しかけるな』とかひどいこと言った。」
「あ、あれのことですか。」
影野春はようやく合点がいったとばかりに大きくうなずいた。
「大丈夫です。そんなに気にしていないので。陽ちゃんがあんなに怒ったのは私に非があったからでしょう?」
「それは、違う。」
私は小さく首を振って、目の前の春を見つめる。もう、怖くなかった。
「昨日のあれは、単なる私の八つ当たり。私は、あなたのことが多分、うらやましかった。」
とにかくまっすぐで、正直で、曲がるということを知らない。必死にあたって、砕けることを恐れない。そんな生き方がうらやましくて仕方なかった。自分の生き方が全否定されているようで、不安で、心細かった。
「だから、悪いのは私。」
シン、とあたりは静まっている。周りに人はいない。今日はSHRが始まるぎりぎりの時間に家を出た。もう少しすれば予鈴がなるこの時間帯に校舎内にいないのは珍しい。
それからほんの少しして。私はもう一度、口を開いた。
「私は、あなたと、影野春と友達になってみたい。」
はっと、春の目が見開かれる。
「謝っている分際で言えることではないと思うけど。でも、もっと知ってみたいと思った。私とは全く違う生き方をしてる春のことを。」
これからちゃんと向き合いたい。自分の今まで歩んできた道は果たして間違いだったのか、春が見てきたもの、得たものはなんだったのかを知りたい。
春はうんともすんとも言わない。ただ顔に開いている穴という穴をぽっかりと開けて棒立ちしている。
しばらくして、春はなんとか声を絞り出して言う。
「まさか、陽ちゃんからそうやって言ってもらえるとは思っていませんでした。」
「言ってもらえるとはって・・・・・・昨日はあんなに勢いづいてたのに。」
私たちの間の張っていた空気がゆるゆると解けていくのに対応するように私の頰も緩んでいく。
「いや、陽ちゃんなら『友達は、友達になろう、なんて言ってなるものじゃない』って言いそうだと思っていたので。」
「なっ」
確かにそうかもしれない。高校生にもなって「友達になろう」だなんて。小学生じゃあるまいし。いや、小学生でもないだろう。
「しょうがないじゃん、焦ってたんだから。」
私が顔を真っ赤にして拗ねたように言うと、春はふふっ、と嬉しそうに笑う。
「よろしくお願いします、陽ちゃん。」
私も微笑み返す。それと同時に予鈴が校舎中に響き渡る。
「やばっ、行かなきゃ!」
「はい!」
私たちは揃って駆け出す。そのあとから、爽やかな風がビュンと追いかける。
高1の初夏。澄み渡った空が、今日も私たちを見つめている。
「あ、そうだ。春、これからは敬語禁止ね。」
「ええっ!」
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