第一章 私の日常②
そんな風に目標に向かって
「つまり、私とラティル王子の
「そうしていただけないか、という提案だ。本当に申し訳ない。すべては私の責任だ」
「ごめんなさい。いえ、申し訳ありません」
目の前で私に向かって深く頭を下げるラティル王子とアンジュは、
同じ部屋にいる両親も、そして王族の方々もじっと私達を見守っている。あくまで私に最後の決定権を
頭が痛い、だが違和感が無かったと言えば
アンジュの話をする時のラティルの優しいけれど
惹かれ合っていった二人は表に出さないようにはしていたらしいが、好きだという気持ちを
「これが姉様への裏切りだとわかっていたわ。だから
「我が国のために、と君が必死に努力しているのを知っている身で、このような
二人の背を押したのは、城に勤めている貴族の方だったらしい。心に秘めていた
確かに王家にとっては家の繋がりが最優先なので、婚約者はアンジュでも問題無い。
芽生えた
「国民には私達の婚約を発表しております。彼らが納得出来る婚約破棄の理由をつけなければなりませんし、それが難しいという事も理解しておられるのですね」
「ああ、わかっている」
ふう、と大きく息を
「約束して下さい。国民達が
「ああ、必ず」
「アンジュ、私が何年もかけて身につけてきた王妃としての知識や魔法を、これからあなたは短い時間で努力して身につけなければならないわ。今までのように厳しいから
「はい」
迷いのない目が二人分、うまくまとまれば幸せになる人が増える婚約破棄だ。
……私一人
この世界は恋愛ゲームが元になったからか、多少恋心が優先される事もあるのだし。
「お二人がしっかりと国民の
私の言葉を聞いた二人は泣くのを
成り行きを見守っていた王が静かに立ち上がる。
「シレーナ
はい、と力強い声が二つ
「シレーナ殿、長い間国のために努力を続けてくれた事、心より感謝申し上げる。王妃の仕事はアンジュ殿にやってもらう事になるが、これまで王族の婚約者として働いてくれていた分、シレーナ殿の今後は王家が保障しよう。何かやりたい事があるのならば
「ありがとうございます。婚約破棄の説明に何か協力出来る事があれば……」
「それを考えるのは破棄を言いだした二人の仕事だ。何をどうするのかまでシレーナ殿に
「はい」
王の言葉で婚約破棄は確定し、ラティル……
無事家に帰って来たものの、気まずい空気はもうどうにもならないだろう。
私が、というよりもアンジュの方だ。
「アンジュ」
「……っ、はい!」
上ずった声で私の呼びかけに反応したアンジュと、それをおろおろと見守る両親。空気が重い。今日はもう言いたい事だけ言って部屋に引っ込もうと決めて、口を開く。
「あなたと王子が私に気を
じっと私の顔を見るアンジュの
「私に悪いと思うのならば、その分だけ国民を幸せにして。それが
「……はい」
「アンジュ」
「うん、うん! 姉様ごめんなさい。ありがとう」
再度名前を呼んだ私に
ランプの明かりが照らす
「もう、私の仕事じゃなくなるのね」
この時間は明日の予定を
書類に伸ばした手を引っ込めて、机の
それを手に取る気にならず、薄暗い室内に火を
けれど私の立場は大きく変わる事になる。
次期王妃では無くなったけれど、先生はまだ勉強を見てくれるだろうか。今は海の底にいる彼の顔を思い出す。魔法でゆっくり
「……少し、休んでから考えよう」
居間では両親やアンジュがこれからについて話し合っているだろう。今私が行くとみんなが気を遣ってしまって話し合いがややこしくなる。
私も頭の中を整理したいし、と少しだけのつもりで目を閉じた。
真っ暗な
やりたい事があれば融通を利かせると言っていただいたが、私が心底やりたいと思うのは海で泳ぐ事だけで、いくら王家と言えど私に潜る力がない以上は
それに、今は王が
「ゲームよりは、ずっと良い……のよね」
ゲームでの私は最終的に負けた敵役として国の外に出されている。血の
けれど今回、ゲームと同じように
……だからこれは、ゲームのように私にとってのバッドエンドではないはずだ。
色々と
「……泳ぎたい」
薄暗い部屋に
窓の外を見下ろしたとしても、
あの海の中を泳げたら、きっと頭の中もすっきりするはずなのに……。
どれだけ悩んでいても日々は
結局あの日はそのまま
ぎこちなさは残るもののアンジュとも会話出来ているし、ラティル
『シレーナと
数日前に両親がしみじみと言っていたその言葉からは、深い
新しい関係はうまく回りだしている。全員が顔色を
今日も二人はアンジュの部屋で勉強しているし、私も自室で仕事の
「あああ、また……シレーナ! ちょっと手伝ってくれない?」
「ええ、今行くわ!」
続いて聞こえてきた母の声に答えて立ち上がり、後二行ほどで終わるはずだった書類に少し後ろ
「……っ!」
転びそうになった体を
「……家族は似てくるっていうけど、まさかね」
最近どうも転びかけたり、手足をぶつけたりする事が多い。さすがに私まで変なドジを連発するようになったら
再度聞こえてきた私の名を呼ぶ声に答え、部屋を出る。
色々と気まずい部分はあれど、家族が起こした
そして日々が忙しいという事は、時間があっという間に過ぎていくという事だ。
婚約に関する発表をしなければならない日が近づいてきており、婚約者の
たまに家族が遠回しに良い案がないかと振ってくるので、自分の考えを話したりもしているけれど。これが別の良家のお
そんな風に家族の顔にも
早朝、慌てた様子の母が私の部屋の扉をノックした。けたたましく
「昨日、
だからね、と母が言葉を続ける。
「シレーナ、
……そうか、としか思わなかった。
婚約者を堂々と変更出来るとすれば、元々の婚約者に何かあったか、新しい婚約者が国益に繋がる何かを持っているかのどちらかだろう。後者が無理な以上、私の方を理由にするしかない。私が罪でも
けれど私が長期療養が必要な
「あなたたち三人が今も気を
私が幼い
「……わかったわ、母様」
私が療養生活に入った事の公表、そこから不自然にならない程度の期間を空けて婚約破棄の知らせ、国民の反応によってはまた少し時間を空けて婚約者変更の知らせ……元々私とは一年経たずに結婚する予定だった事を考えれば、本当にもうぎりぎりだ。
「ありがとうシレーナ、ごめんなさい。じゃあ行きましょう」
「え、今すぐに?」
「ええ! アンジュ達が今お城に報告に行っているから、まずは移動してしまいましょう。荷物は私が後から持って行くわ。欲しい物があったら
準備くらいはさせてくれてもいいのではと口に出す
それもそうだ、母にとってはアンジュも大切な子どもで、守るべきもの。
誘拐
今は私が
一刻も早くこの大きな問題を解決したい母にとって今は一分一秒でも
元々思い立ったらすぐ行動、みたいな人だし。
苦笑いしながら母と
別荘には海が望めるベンチがあったはずだ。人も来ないし、母の言う通り家より気を遣わずに過ごせるかもしれない。長期療養という理由なら仕事を覚えるための時間は少し
「そうだ。母様、出来れば先生にはまだ教わりたいの。別荘でも大丈夫かしら?」
「……そ、そうなの? あなたが良いのなら
両親とも、
基本的に
両親から頼んでくれるならばきっと家庭教師は続けていただけるだろう、良かった。
「よし、発動出来たわ。シレーナごめんね。すぐに荷造りして、必要な物を準備するから。夜には父さん達と一緒にそっちに行くからね」
「ええ。仕事の引継ぎで急ぎの分があるから、向こうでまとめて
私に笑いかけてから、母は慌ただしくこちらに背を向ける。魔法陣が
「……えっ?」
思わず
別荘周辺にも森はあるがここまで
「どうして? ここは……っ!」
遠くから聞こえた
ここは、魔物達が住む島だ。人の住む島と魔物の住む島が完全に
この世界では海と同じように
おそらく母がいつものドジを発揮して操作を
父が管理もかねて時折様子を見に来ている島ではあるが、島から魔物を出さないようにするために設置型の移動魔法陣は無い。ある程度戦える父だってしっかり武装して
そんな所に、戦う
自宅の移動魔法陣は一方通行で、
心臓がどくどくと音を立てている。
ここに居ればその内
父とアンジュは城へ行っているし、おそらく帰宅は
「……夜、まで?」
口の中でだけ呟いた声に絶望しそうになる。夜になれば魔法陣の操作盤を見て行き先が違う事に気が付くだろうが、それまでに魔物と出会ってしまえば私の命は無い。
夜まで魔物に見つからないようにするしかないが、同時にここからあまり
じっとその場に
地面が
前世の
「あ、あ……」
スローモーションのようにゆっくりと感じる時間。
一歩後退したと同時に世界が
倒れこんだ
自分の息を
「……っ」
人間、本当に痛い時は声が出ないものなんだろうか。足に突き
全身が焼けるように熱くて、それ以上に熱く感じる
私、死ぬの?
こんな、意識のあるまま魔物達に体を食い散らかされて?
嫌だ、怖い、そんな気持ちとは裏腹に、一気に失った血のせいで視界はどんどん
意識のある状態で手足の先から食われていくのと、どちらが良いのだろう?
そんな思考も、どんどん意識の海の中に
倒れたまま必死に
こんな死に方をするくらいなら、いっそ島の
そんなどうしようもない
その音を最後にまるで機械の電源でも落ちるかのように、意識はぷつりと
死にかけ悪役令嬢の失踪 改心しても無駄だったので初恋の人がさらってくれました 和泉杏花/角川ビーンズ文庫 @beans
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