徴税官
お醤油一気飲み
徴税官
1
「だから、ちょっとでいいから見せてくれ、わかるかね?」
「は、はあ……?」
残暑も陰りが見えてきた、秋口のある日。とある地方都市の高台にそびえる、静謐な神社にて。
「非公開のご神体をみせろ」。要約すればそんな発言を笑顔で捻り出した中年男に、相対する女性は思わずひきつった笑みを浮かべた。でっぷりと太った男性は、高価そうなスーツと金時計だけでなく、両手に派手な指輪をいくつも付けている。葉巻をくわえながら鷹揚にしゃべる様は、さながら昭和の成金といった風情だ。
「あの、失礼ですがご神体は日ごろ、一般公開しておりませんので」
「なにを言っとるんだ。人がせっかく遠くからきたというのに」
「『うかつに見ると祟る』という伝承もあるので、了承しかねるのですが……」
巫女服を着た妙齢の美女が、圧されながらも答える。彼女の艶のある黒髪と、若々しい見た目は二〇代前半と言って差し支えないが、実年齢は分からない。
「知り合いから聞いたんだよ。『あそこのご神体には、大変な金運の御利益がある』と」
「そう仰られましても、御利益の有無は個人の心持ちによる、としか……」
「なに、ただでとは言わん。お礼にそれなりの拝観料は出すさ。まずは現物を見てからだがね」
「し、しかし、規則は規則ですし、わたくしもこれから書き物などしなければいけませんので……」
夕刻に境内まで高級車で乗り付けたと思ったら、社務所へいきなり押しかけてきた男に、彼女はとつとつと説くも。
「ええい、私も暇ではないんだ。かつては『業突く張りのカミツキガメ』と呼ばれた私が見たい、と言っとるんだ!早くせんか!」
「お、お待ち下さい……分かりました、お見せしますからどうぞこちらへ……」
このままでは引き下がりそうにない、とみたのか。女性は仕方なしに、ご神体まで案内をすることにした。
2
こちらが、ご神体のある宝物蔵です。女性に案内され、かび臭い蔵の地下一階の入り口で男がみたものは、存外にあっけなかった。
(なんだ、ただの鏡じゃないか)
こんなもの、どこの神社にでもあるだろう。だましたなあの野郎、と思わず知人に悪態をつく。いざ中に上がらんとした時、「あの」と控えめに女性が話しかけてきた。
「当神社でお祀りする神様は、『金物を呑む』とされているので、できれば金属類は外していただきたいのですが……」
「くだらん。そもそも私は無神論者だ」
「……かしこまりました。……地下蔵の中はせまいため、お一人しか入れません。ですのでわたくしはここまでです。断っておきますが、『祟られる』かもしれませんので、決して鏡に触れたりなどなさらないでくださいね?」
「ああ分かったわかった、きみは早く仕事に戻りなさい」
「お願いいたします。……では、扉は開けておきますので」
言い残した女性の姿が遠くなっていくのを見届けたのち、男はにやり、とほくそ笑み、彼女が開けた二重扉を静かに閉めた。みれば内側からも鍵がかかる仕様ゆえ、好機とばかり施錠も行う。
……瞬間、ごく小さく「ブゥン」と、何かの起動音がしたことには気づかなかった。
「ばかな女め。俺がこっそり工具を持ってきたことに気付きもしないで」
吐き捨てるように述べた男はとりあえず、「運べる重さなのか調べるか」と、姿見大の鏡に手を近づける。すると。
「んん?」
がちん、と音がして。付けていた腕時計が、吸い付いたように鏡へとくっついた。
3
「なんだ、これは……?」
驚きのあまり、とっさに左手に右手を添えて離そうとする。そうしたら、今度は右手がくっついた。鏡自体も非常に重く、また固定でもされているのか、渾身の力を込めても動かない。
「う、腕が離れんっ……」
どうなっているのだ、と思い、薄暗い中でもよく見よう、と両手に顔を近づける。しかし頬が鏡に触れた瞬間、なんと顔も鏡にくっついた。さながら磁石のS極とN極のように、もがけばもがくほどに吸着してゆく。
「むぐっ!?」
なんだこれは、どんな原理だ。大いに慌てる心中で、解決策を必死に探した結果。
(そうだ、たしかあの女……!?)
回想。思い出すのは、先ほどの巫女の言葉。
『当神社でお祀りする神様は、『金物を呑む』とされているので……』
金物……すなわち金属類。それを「呑む」、ということは。
(は、外せばよいのか!?)
わずかに自由の効く右手で、まず左手の腕時計を外す。一か八かだったが、すると。
(左手が離れた……!しかし……)
そう、離れはしたのだが、しかし……腕時計本体は、鏡にくっついてしまって離れなかった。その意味するところ、すなわち。
(貴金属も全部外していかなければ、帰れない……!)
結局、金ネックレスに指輪、果てはベルトから小銭、金歯まですべて外して、やっと鏡から離れることができた。おまけに外そうとあがけばあがくほど強力にくっついていっため、回収はすべてあきらめざるを得なかった。
「あの女、もしかしてこれを承知で私を置いていったのか、クソッ……!」
ほうほうのていで脱出した頃には、すっかり夜が更けており。男は控えめに言って疲労困憊であった。せめてあの妙な女に文句でもつけようと、蔵の入り口を出て社務所を目指したのだが。
「……まさか、本当に『祟られた』のか…?」
これまで傲岸不遜に生きてきた男の背筋が、この時初めてぶるり、と震えた。男の目の前には……女どころか鳥居すらなく、自分の車のみがぽつん、と置いてあったのだから。
4
(リモートで装置をオフにして、と……)
いっぽうその頃。隠し扉から地下の宝物蔵に入った女性は、室内の残置物を確認すると、いずこかへと電話をかけ始めた。むろん、念のため内側から施錠することも忘れない。
『もしもし、わたくしです。例の悪質滞納者の方、今しがたお帰りになりましたわ。ええ、きっちり延滞分も取り立てました。今後改心し、元金も納付いただけるなら、それで良しとしましょうか』
端的に説明しつつ、切電。「特別国税徴収官」、との役名が入った名刺を懐にしまった女性は、黒髪をたなびかせながら報告書の作成に取り掛かった。
数年前、とある未払い企業から差し押さえた「携帯式多機能電磁ミラー」と「立体錯視映像投影プロジェクター」は、納税率の向上に今日も一役買っている。
「まったく、近頃はあの手この手で脱税する輩が増えて困りますわ。このやり方もそろそろ潮時かしら」
もっと確実で、罰当たりでなく、回収率の良いやりかたはないものでしょうか。
日本中にいくつもある、「さびれているのになぜか潰れない神社」にみせかけた、政府黙認の超法規的地下税務署。そこでひそかに働く彼女は、押収品の資産価値をあらためて算定しつつ、今後の徴税計画を練っていくのだった。
徴税官 お醤油一気飲み @Snowy_owl
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。徴税官の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます