第33話☆
額に感じる洲崎の背中は思ったよりも硬くて温かかった。
「佐野…?」
背中越しに聞こえる声は、真澄が世界で一番落ち着く音だ。
「洲崎…さすがエースだな」
「どういうことだ?」
戸惑っている様子が愛おしく感じる。
まさか、同期の男にこんな感情を抱くなんて思いもしなかった。
「新規顧客獲得おめでとう」
言ってしまった。
洲崎の心臓から、飛び跳ねたような音がした気がする。
どんな顔をしているか見たかったけれど、自分の顔は見られたくないから、そのまま背中にくっつけておく。
「ちょっと待て…本当に?」
顔を見なくてもわかった。充分混乱しているようだ。
「本当か?なぁ、佐野」
洲崎は真澄に向き合おうと腕を解こうとした。
でも今は絶対顔を見られたくない。
意地でも背中から離れないよう一層きつく抱きしめて踏ん張る。
「お願い、顔見せてくれよ。本当かどうか確認させてくれ」
真澄は猛烈な恥ずかしさに襲われていた。
耳まで赤くなっているのは分かっている。
未だかつて自分の想いを伝えたことなんて皆無だ。
経験値が圧倒的に足りなかったことが悔やまれる。
もっと堂々とストレートに伝えた方が良かったかとか、他の手段はなかったかとか考えだすときりがなかった。
「お前…照れてるな?」
死んだ。
しかし、バレているなら仕方がないと開き直るほど、真澄はかわいい性格はしていなかった。
ますます強情に腕に力を入れる。
いっそこのまま死ぬまでこの状態を貫き通そう、と覚悟した時だった。
「ひゃっ」
情けない声が部屋に響く。
洲崎に脇腹をくすぐられた。
あれほど頑なだった腕は、一瞬のうちに力を失った。
その瞬間を洲崎が見逃すはずもなく、軽々と押し倒された。
「卑怯だぞ」
「お前が頑固なのがいけないんだろ」
顔を隠したかったが、すでに両腕は大きな手で封じられていた。
洲崎の視線が刺さるように降ってくる。
肌が焼かれているみたいに熱い。
「好きってことで良いか?」
息が出来ないほど見つめられている。
逃げ道はなさそうだ。
「…あぁ。わざわざ聞くな、バカ」
こんな時でさえ、悪態しかつけない自分を呪った。
しかし、洲崎はこれまで見たことがないほどの笑顔だった。
「本当にお前、かわいくないけど、かわいいな」
額それから頬に口づけしてくる。
「どっちだよ」
かわいいはずがない。
自覚はある。
男だし、性格はこんなだ。
「かわいいに決まってる」
洲崎は当たり前のように言って、また笑った。
拗ねたように尖らせたままの真澄の唇に、洲崎の唇が宥めるように触れる。
洲崎の温かさが柔らかさを通して伝わってきた。
その温かさで心が満ちる。
幸せだ、と思った。
世界中が祝福してくれているんじゃないかと思えるくらいには浮かれている。
こんな時くらい浮かれさせてくれ。
今の自分は世界で一番ご機嫌だ。
「機嫌が良くなったみたいだな。俺の王子様は」
お前が言うな、と言いたいくらい洲崎の目じりは垂れ下がっていたが、言わないでおく。
その代わり優しく唇を噛んでやったのだった。
*****【第1章完結】*****
デレるくらいなら死ぬ 波辺 枦々 @chin-anago
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