媚薬ましまし 🥰

上月くるを

媚薬ましまし 🥰





 ある時代のある村のある百姓家に、それはそれは見目麗しい娘さんがおりました。

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花 🌺 を地でいったようなベッピンさんで。


 ところがこの娘さん、どうしたことか審美眼がすこぶる変わっているようでして。

 とりわけ、殿御に対する見方が、とんでもなくヘンテコリンであるらしいのです。


 胸をときめかせる殿御はみんな同じタイプで、ひと口に申せばジャガイモ。(笑)

 蓼食う虫も好き好きとはよく言ったものよと、両親も親せきも口をあんぐりです。


 


      🎴




 その百姓家に秋の宵、ひとりの旅の坊さんがやって来て、一夜の宿を求めました。

 貧しいながらも旅の人にはやさしくするのが村の慣習でしたから、さあ、どうぞ。


 笠を取ると驚くほどのオトコマエだったので、女心はどうしたってトキメキます。

 ただし、頬を染めたのは娘の母親だったので、亭主は胸をチリチリさせました。


 一方、ジャガイモがタイプの娘は少しもソワソワせず、おっとり微笑んでいます。

 ん? 美僧は不満です、いままで自分になびかない娘はひとりもいなかったので。




      🥘




 心づくしの雑炊で腹が膨れると、両親が席を立った隙に美僧は娘に言いました。

「馳走になった、南無阿弥陀仏。ところで娘さん、好いた殿御はいないのかい?」


 娘は大いに恥じらい、桔梗柄の小袖の袂で赤くなった顔を隠して打ち明けました。

「あい、おるにはおりますが、わたしなんぞには振り向いてくれません」(ちっ!)


 恋の手練手管を知り尽くした美僧は、内心はおくびにも出さずに親切ごかします。

「それはそれは……そうだ、いいものを進ぜよう、これを用いれば想いが適うはず」


 美僧が頭陀袋ずだぶくろから取り出したのは、高名な尼寺に古くから伝わる桃色の媚薬。

 これを相手に振りかければ、たちまち恋のとりこになるというのです。( *´艸`)

 



      👘




 むろん、薬が自分に振りかかるよう策を練ってのことですが、何も知らない娘は、翌日、さっそく竹筒に入った桃色薬を携え、同じ村の好きな若者の家に行きました。


 ちょうどそこへ出て来たのはジャガイモ男、ではなく、その親のジャガイモです。

 慌てた娘は小石につまずいて、桃色薬を親ジャガイモに振りかけてしまいました。


 さあ、たいへん、目を潤ませた親ジャガイモが鍬を放り出して追いかけて来ます。

 好き、好き、好き……無精髭の口を尖らせて迫って来るので、きゃ~、こわ~い!


 いやよいやよと逃げて行く娘の裾に犬が絡みついたので、娘はすってんころりん。

 竹筒の薬は茶色い犬に降りかかったのでたまりません、好きワン、好きワン!🐶


 きゃ~っと叫び声をあげながら逃げた先には、赤い鶏冠とさかを振り立てた鶏が数羽。

 むろん、そこにも薬がかかったので、好きケッコー好きケッコーの大合唱で。🐓


 あまりの騒動に、こんどは三毛猫とトラ猫が走り出て来たので、当然、二匹にも。

 好きニャー、好きニャー、大好きニャーと媚態をつくってすり寄って来ます。😻




      🖼️




 やっとの思いで逃げ出した娘を待っていたのは、もちろん、下心ありありの美僧。

 おお、おお、怖い思いをされたのう、よしよし、わしが慰めてやろう。(^_-)-☆


 抱きしめた隙に竹筒の媚薬をマシマシして、より効果を高めようという魂胆です。

 そのマシマシ惚れ薬を自分に振りかければ、娘はまんまと靡くだろうという思惑。


 でも、遅ればせに肝心のジャガイモ男に会えなかったことに気づいた娘は、美僧の腕から抜け出し、ふたたび恋しい殿御の家へ向かおうとしたのですが……あららら。


 どうしたことか赤い鼻緒の草履が向かったのは、里山の中腹にたっている古刹で、ちょうどそのとき、秋日和を選んだご住職が所蔵品の虫干しをしておられたのです。


 本堂の濡れ縁に広げた由緒ある品々のなかに、いろいろな動物を描いた絵が四枚。

 縁石につまずいた娘がその絵を目がけるようにして倒れこんだので、いけません。


 絵に描かれていた鳥獣……ウサギ、サル、シカ、キツネ、カエルなどがワラワラとわれ先に飛び出して来て、娘の袖にすがりつき、好き、好き、好きのオンパレード。


 その粉末の恩恵に浴した老僧までがにわかに若返り、逃げ惑う娘のあとを追いかけ始めたのですから、色即是空空即是色もなんのその、たまったものではありません。




      🥔




 ご本尊の阿弥陀仏もビックリの大騒ぎの最中に駆けつけて来たのは、まさかの娘にふられた傷心からやっと立ち直った美僧&なにをいまさらのジャガイモ男のふたり。


 美僧&ジャガイモ男を並べてみれば、どっちがどうか一目瞭然のはずなのですが、なにしろ娘の審美眼は変わっておりますので、美僧は歯牙にもかけてもらえません。


 自分を取りもどした娘は、薬がわずかに残っている竹筒を美僧に差し出しました。

 さあ、早く、媚薬をマシマシしてくださいましな、ケチケチせず、たっぷりとね。


 すっかり自信をなくした美僧は頭陀袋の惚れ薬をすべて竹筒に入れてやりました。

 で、娘がジャガイモ男に振りかけると、田螺たにしみたいな目がピカッと光って……。




      👩‍❤️‍👨




 こうして一対の夫婦が誕生したのですが、うまいこと出しにつかわれた格好の美僧にとっては、めでたいんだかバカバカしいんだか、もうやだ……とっぴんぱらりん。


 

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