【童話風】神隠しの松五郎と姥捨てのとら

津多 時ロウ

第1話 神隠しの松五郎

ニンゲンのこどもがいるよ

ニンゲンのこどもがいるね


またニンゲンのこどもがいるよ

またニンゲンのこどもがいるね


このごろはおおいよ

このごろはおおいね


いったいぜんたいどうしたのだろうね

いったいぜんたいどうしたのだろうね




 今日もお山ではお猿さんによく似た猩々しょうじょうがざわざわしています。それもそのはず、ここ最近、毎日のように彼らの縄張りに子供が置いてけぼりにされているのです。今日もまた一人――


「ねぇ、おっかあ。おいらはいつまで待ってれば良いんだい?」

「……そうね、夕方にはおっとおが迎えに来てくれるよ。だからそれまで、この子連こづ地蔵じぞうさんの前でい子で待っているんだよ」

「うん、分かった!」

「お腹がいたらこれを食べるんだよ」


 そう言ってお母さんは1個ずつ竹の皮でぎゅっと包んだ握り飯にぎりめしを3個、子供に差し出します。


「わあ! ひえのおにぎりが3個もある! おっかあ、ありがとう!」

「じゃあね。達者で暮らすのよ、松五郎まつごろう

「うん、分かった! でも、どうしておっかあは泣いてるんだ?」

「何でもないのよ。お母さん、帰るからね。じゃあね」


 まだ5つの松五郎にはお母さんが何を言ってるのか分かりませんでしたが、自分の方を何度も何度も振り返って立ち去るお母さんを、ニコニコしながら見えなくなるまで見送りました。


「おっとお、まだかなぁ、遅いなぁ……」


 夕方になりましたが、お父さんはまだ迎えに来ていません。


「熊に食べられちまったんだろうか?」


 暗くなっても、お父さんは現れませんでした。3つあったひえのおにぎりも、もう全部食べてしまいました。


「おいら、もう寝ちまうか。お地蔵さん、おいらを守っておくれよ。おやすみなさい」


 深い山の中でしたが、お地蔵さんにお願いした後、松五郎は大の字でぐうぐうと寝てしまいます。


 明けて翌朝になりましたが、どうにもお父さんの姿が見当たりません。いよいよ寂しくなった松五郎は大きな声でお父さんを呼びます。


「おーい、おっとお! おいらはここにいるぞー! おーい!」


 しかし、呼べど叫べど、一向にお父さんは現れませんでした。


 がさがさ、がさがさ


 そのときです。お地蔵さんの裏の繁みから、何かが動く音が聞こえるではありませんか。


「おっとお?」


 そちらに呼びかけてみても返事はありません。


 がさがさ、がさがさ


 代わりにまた動く音が聞こえ、大きな影が出てきました。


「にゃーん!」


 なんと、松五郎の目の前に現れたのは、猫の鳴き真似まねをする白髪しらがのおばあさんでした。

 でも、松五郎は身じろぎ一つせずにそのおばあさんに話しかけました。


「おばば、こんなところで何してるんだ? しばりか?」

「おやまあ。びっくりさせようと思ってたのに、まったく、可愛かわいげのない子供だね。それに、初めて会ったのに随分と堂々としているじゃあないか」

「おばばは化け猫なのか?」

「違うよ。おれは正真正銘しょうしんしょうめい、あんたと同じ人間さね。こんな美人に向かって化け猫呼ばわりとは本当に失礼な子供だよ、まったく。ところで、お前さんの方こそこんなところで何をしてるんだい? 名前は? 親は、……お前のとうちゃんやかあちゃんはどうした? 兄弟はいるのか?」

「おいらの名前は松五郎まつごろうだ。おっとおが迎えに来るからここでい子にして待ってろって、おっかあに言われて待ってるんだ。兄弟は男ばっかりでおいらは5番目だ」


 それを聞いたおばあさんは松五郎をじっくり上から下まで見た後に、何かを思い出したように口を開きました。


「そうそう、おれはあんたの父親に頼まれた事があったんだ。あの、ほら、……なんて言ったっけ、お前のとうちゃん」

「おっとおの名前は作兵衛さくべえだ。忘れるでねえぞ」

「そうそう、そのサクベエに頼まれたんだよ。お前さんを村まで連れてくるようにって」

「おばば、本当か? 嘘ついたら閻魔様えんまさまに舌を抜かれるんだぞ。恐いんだぞ」

「ああ、本当だとも。さ、一緒においで」


 おばあさんが松五郎に手を差し出しましたが、松五郎はなぜだかもじもじしています。


「どうしたんだい? さ」


 おばあさんが催促さいそくをしたそのときです。


 ぐうううううぅぅぅ……


 松五郎のお腹の奥から、それは大きな音がしたのでした。


「おばばはら減った。なんか喰うもんあるか?」

「はーはっは! お前は面白い子だねぇ。村に行けばあるよ」

「じゃ、行く」


 そう言って二人で手をつなぎ、山の森の中の獣道けものみちのように細い道を歩いて、村を目指すのでした。


「ところでおばばの名前はなんて言うんだ?」

「おれの名前はとらだ」

「とら。とらは強いのか?」

「強いわけないだろう? おれはか弱い乙女おとめなんだから」

乙女おとめってなんだ?」

「……あんたといると調子ちょうしくるうね、まったく。可愛かわい娘っ子むすめっこだとでも思ってれば良いさね」

「うん、分かった。おばば可愛かわい娘っ子むすめっこなんだな。おいら覚えたぞ」


 こうして両親と生き別れた松五郎は、とらの住む村へと足を踏み入れたのでした。このときの松五郎は自分が神隠しかみかくしにあったなどとは、これっぽっちも思っていなかったのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る