3.三野瀬 愛美(3)
両親を見ていると、ときどき美女と野獣という言葉が頭に浮かぶ。どうして母が小さな野獣と結婚したのか不思議でならなかったけど、母は天然ボケで世間知らずなところがあるので、
高校に通っていた三年間で成長したのは胸とお尻だけだったように思っていたけど、そういう答えを導き出せる程度には私の脳も発達してくれていたようだ。
ただやはり、友人からグラマラスと評されるほどに発育した体はコンプレックスでしかなく、私は昨年辺りから人の視線が気になってぴったりしたものを着れなくなった。
特に、男の人の視線。たまに父まで舐めるように見ていることがあるように感じる。自意識過剰だとも思うけど、不快なことに違いはないので、いやな思いをしないように、服はなるべくボディラインを強調しない露出の低いものを選ぶようにしている。
今回も例に漏れず、ふわっとしたシャツと緩めのデニムジーンズにした。着替えは、シャツとジーンズがもう一組と、部屋着に用意したルームワンピースなどで、私のバッグの中にある服は、およそキャンプとは関係のないものしか入っていない。
他にはスマホの充電器とイヤホン、アランさんのグッズだけ。どうせ何をする訳でもないのでそれで構わないと思っている。私は新しいスマホが買ってもらえれば何でもいいのだ。
ロッジは父の知り合いが管理しているため、家具や電化製品の故障や、内装に大きな傷がつくことさえなければ無料で貸してもらえることになっている。最後まで乗り気ではなかった母が納得した理由がこれだった。私の現金なところは
ロッジの外観は、よく雑誌なんかで目にする明るい色の丸太小屋。屋根の色はダークブラウンで、柵付のデッキテラスがある。
周辺にも似たような形のロッジが幾つかある。普段の私なら、何棟あるか数えたり、外観の違いを探したりするのだけど、今日はそういう気分にならなかった。たぶん、痴呆気味の祖母をケアハウスの送迎車に預けたときのことが、まだ引っ掛かっているからだろう。
「ちょっとその辺見てくる」
私はロッジに荷物を運ぶ家族にそう声を掛け、周辺を散策することにした。
清々しい自然の中を歩けば、祖母に掛けられた心の
「あんまり遠くに行くなよ」
父が声を掛けてきたので、私は、「はーい」と間延びした返事をして歩いた。
「あ、俺も行く」
「馬鹿、お前は手伝え」
「えー、何でだよ。姉ちゃんばっかり。自分の荷物も運んでねぇし」
「そのぐらい運んでやれよ。男と女じゃ違うんだから。それにほら、お前、釣りするだろ。お姉ちゃん、お前に付き合って無理やり来てるようなもんなんだからな」
「じゃあ来なきゃいいじゃないかよ」
「聞こえてるよ」私は足を止めて振り返り、ふて腐れた顔の学に言う。
「文句は私を連れてきたお父さんに言ってよね。私は来なくても良かったんだから」
「うっわ、最悪。何様だよ。後でアイスおごれよな」
「お父さんが買ってくれるってー」
私はまた歩き出す。すると、「そりゃないだろ愛美」と言う父の声が聞こえたので振り返って笑った。父が苦笑して続ける。
「お父さんも、後から追いかけるから。蛇とか、気をつけろよ」
私はもう振り返らずに、手を上げて応えた。
歩き出して間もなく、散策の片手間に御影山の
ながら歩きは危ない。それが原因で怪我でもしたら、新しいスマホはお預けになる気がした。父はそういう
ロッジの前の二車線道路の歩道を、来たときと逆方向に歩く。右側になだらかな傾斜のついた緑の下り坂があり、その先は幹の細い低木が点在する広大な野原。縁には柵が並んでいて、奥には街並み見下ろすパノラマが広がっている。
野原には、幾つもテントが設置してあり、親子や若い男女が結構いる。皆それぞれの時間を楽しんでいて、正にキャンプ場という感じの光景だ。
道の左側にも狭い野原があり、その先は
鳥の声、蝉の羽音。それらを聞きながら歩く。
振り返ると、自分の泊まるロッジが見えた。
だいぶ歩いたと思ったけど、まだ全然だった。
道は一本しかないので迷うことはない。ロッジが見えなくなるまで、もしくは舗装された道が途切れるくらいまでは進んでみようと思う。
道路の幅が狭くなり傾斜が出てきた。両側が林になる。丸太を使った簡素な階段が左に見えた。階段の脇に、木で作られた矢印型の看板がある。登山道と書いてある。
見上げると、砂利と土の混ざった道が林の中に続いていた。
道幅は狭く、人が二人並ぶのがやっとという感じに見える。靴が汚れるのはいやなので、私はそちらには進まず道路をまっすぐに進んだ。
太陽が
正面に、背の高い草むらがあるのが見えた。その奥は林。道路は左に曲がっていて、右には車一台通れる幅の砂利道がある。側に矢印の書かれた看板があったので見てみる。左は展望台、右は川の名前が書かれていたけど、霞んでいて読めなかった。
展望台の方は上り坂、右の川へ向かう道はなだらかな下り坂になっている。
私は迷わず右に進んだ。この暑い中、坂なんて上っていられない。
道は蛇行していた。歩き出してしばらくすると、道幅が狭くなった。足下が砂利から土に変わって、せせらぎが聞こえてきた。左側の林の木が少なくなっていき、隙間から
そこで私は引き返すことにした。先に進めば、釣りができる沢のような場所に出るという予想がついたのと、目的達成で気分が晴れたからだ。
というより、疲れた。
分岐点まで戻り、草むらの近くで足を止める。行きは下りでも、帰りは上り。それを失念していた。私は膝に手を当てて乱れた息を整えた。
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