5.三野瀬 愛美(5)
私は父に肩を借りてロッジに戻った。
一人で大丈夫だと言ったのだけど、父が心配だと言い張るので仕方なく従った。
父は何かと私に触れたがる。私はスキンシップが嫌いなので、体が密着して気持ち悪かったけど、あからさまな態度は取れないので我慢した。すべては新しいスマホのためだ。
母が驚いた顔で出迎え、私はリビングに置いてあるソファに寝かされた。
「ちょっと、どうしたのよぉ」
「分からん」
父が腰に手を当て、首を横に振る。
「まだ何も訊いてない」
「学は?」
「釣りだ、釣り」
「えー、一人で行かせたの?」
「しょうがないだろ。行くって聞かないんだから」
父が険しい顔をして言う。
「それにな、学はもう十七だぞ。過保護にする歳は過ぎてるよ」
父はソファの側に立ったまま、母に向かってそう言った。
二人が話している間、私はぼんやりとロッジの内装を眺めていた。
ロッジの中は綺麗で涼しかった。床はフローリングで、リビング、ダイニング、オープンキッチンと一部屋にすべてが収まっている。部屋の奥に扉が二つある。たぶんそこはトイレとバスルームではないかと思う。
玄関の側に階段があったので、二階に寝室があるのだろう。三人いてもまったく狭くは感じないし、家具と家電も一通り揃っている。おまけにエアコンも効いているので、もはや自宅とほとんど変わらないように思えた。
アランさんも、ドーム型の猫用ベッドの中で、快適そうに過ごしている。指で床を叩いて鳴らすと、私の方にやって来て可愛く鳴いた。
アランさんの力は本当にすごい。たったこれだけで癒される。
「よしよし、後でコーミングしてあげるからね」
囁きながら、アランさんの喉を指先で擦る。さらさらした柔らかい毛並み。アランさんは顎を上げ、気持ち良さそうに目を細めて喉を鳴らした。
気分の悪さが治まってきたので、私は体を起こしてソファに座った。
父が床に膝を着いて、私の肩に手を置く。
母は心配そうな顔で水の入ったグラスを持ってくる。
「どうした、何があった?」
私はグラスの水を少し飲んでから言った。
「変な男がいた」
「変な男って、何かされたのか!」
父が私の両肩を掴み、尻上がりに語気を強くした。
驚いたアランさんが逃げていき、猫用ベッドに駆け込む。
私はそれを見届けてから、無言で首を横に振る。
父は私に触れる手を放し、胸を撫で下ろすように息を吐いた。
「そうか、そうか、よかった」
「ねぇ、変な男って何よぉ。来たばっかりでそんなのに出くわすなんてぇ。何だか、いやな感じだわぁ。ここ本当に大丈夫なのぉ?」
母が眉を
「変な男って、どんな奴だったんだ?」
私はグラスを手に取り、残りの水を飲み干して言った。
「見た目は、中年くらいのホームレス。でも、何か違う。革靴を履いてて、靴底は破れてめくれて、それから、すごく臭って」
「ちょっとやめてよぉ。自殺しに来たとかじゃないでしょうねぇ」
「静かにしろ」
父が忌々しそうに舌打ちして言う。
「それで?」
「上手く言えないけど、人じゃないみたいだった」
「はぁ? 何だそりゃ?」
「おばあちゃんが言ってた、よっちゃん、だっけ? そういう感じのものだと思う」
父が不機嫌そうに溜め息を吐く。
「お袋がもう、余計なこと言うから」
「違うって」
私は訴えるように言う。
「本当、本当に、そんな感じだったの」
「蛇食ってたってのか? え? 頭っから?」
「そう、それ」
私は父を指差す。
「蛙を生きたまま食べてた」
両親が驚いた顔で私を見た。私は続けて言った。
「蛙が口の中で跳ねてた。口の端から、脚が出てて、動いてた。それで、男が笑ったの。それから蛙の脚がブチッて噛みちぎられて、それから」
「何を馬鹿な」
父が鼻を鳴らし、視線をテラス戸に向ける。それから小声で「そんな訳あるか」と否定的な言葉をぶつぶつ言いながら、私に視線を戻し、口を開きかけて動きを止める。
「何だ?」
父は目を疑った様子で、またテラス戸に顔を向け、そこに足早に向かい戸を開く。
「お、おいおいおいおい」
父が慌てた様子で言う。
「母さん、スマホスマホ、電話、電話取ってくれ」
「えぇ? どこに置いたのよぉ、もう」
「ああ、いい、いい、違う違う」父が母を手招く。
「外、ほら外」
私たちは全員テラスに出た。
父が息を漏らすような声で言った。
「あいつ、かぁ」
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