第12話 貧乏冒険者と新しい腕
ハーロックさんは女の子を
「253番は獣人の16歳で、顔や喉に深い傷がありまぁす。特にこれといった特技も無い上に貧相な体つきなのでこの値段ですぅ」
こっちを睨みつけて声を出せないながらも鋭い犬歯を見せながら威嚇している女の子を指さして『あとこんな風に反抗的なのでぇ』と肩をがっくし落とすハーロックさん。
女の子は獣人特有の獣耳をピンッと立てている……っていうか、あの耳すっごい見覚えがあるんだけど。具体的には3日前に第5層で。
「ハ、ハーロックさん……この子、オオカミの獣人ですよね?」
「まぁ、分類的にはそうですねぇ」
「で、ですよね……」
ははっ、どうやら僕は『オオカミ』というものに縁があるらしい……時たまこちらに向かって飛びかかっては首輪に繋がれた鎖を引っ張られてこちらに手が届かないように使用人の人が頑張っている。
「まあ、女の奴隷は『色々と』便利ですのでぇ、処女であるというだけでこの値段になっておりますぅ……両腕のないひ弱な男がオオカミの獣人を押し倒すなんてことは出来そうにないでしょうが」
「じゃ、じゃあ男の方が安くなるんじゃ……?」
「ここは『
な、なるほど……この子は女性としての最低限の価値はあるけども、オルルコの街でダンジョン攻略をさせるには力不足ってこと、なのかな?
「獣人だからこいつよりかは力があるだろ、買いだ」
「ちょっ、ポピンズさん!?」
「うるせぇ0ギル、こいつはいけすかねぇ奴だが人を見る目は正確だ。『客と同価値の奴隷しか売らない』というポリシーすら曲げてテメェに奴隷を紹介してるんだよ、黙って財布出せ」
ポピンズさんがそう言って勝手に僕の腰から財布を奪い取り、そのままハーロックさんの前に投げ出す。あぁ、僕の5000ギル!
恨みがましくポピンズさんを睨むが、本人はフンっと鼻を鳴らして知らんぷりだ。その間にハーロックさんは僕の財布から4000ギルを取り出す……ちょっと!?
「ハーロックさん!?その子、3500ギルじゃなかったんですか!?」
「奴隷紋を刻む費用にプラス500ギルですよぉ?別にそのまま彼女をお渡ししてもよろしいですがぁ……死にたいんですか?」
「死ぬ……」
どうやら、本当に何も知らないようですねぇ……とハーロックさんがため息をつきながら奴隷紋の説明をしてくれる。
奴隷紋を刻んだ奴隷は、主人に対して一切の危害を加えることが出来ないらしい。ハーロックさん曰く「奴隷紋は魔法陣のようなものでぇ、むやみに他者に危害を加えようとすると全身に耐えがたい苦痛を与える魔法を付与する役割があるんですよぉ」とのこと。
……難しい話なのでよく分からなかったけど、首をひねっている僕に「まあ、これが無いと彼女があなたの無価値な頭を刎ねると思っておいてくださって構いませんよぉ」と言われて頷くしかなかった。
「では奴隷紋を刻みますぅ……彼女をこちらに」
「はい」
「……ッ、ッ!」
使用人が鎖を引っ張って彼女をハーロックさんのところに持ってくる。彼女は必死に抵抗するが、力が無いというのを証明するように使用人になす術なく引きずられていった。
そしてハーロックさんが右手を彼女に向けると、その右手が光る。すると次の瞬間、彼女の首の下あたりに変な文様が刻まれた。
あれが……奴隷紋なのかな?
刻まれた彼女は、ハーロックさんに襲い掛かろうと両足に力を貯める……と、いきなり全身を
「これが、奴隷紋の効力ですぅ。ご覧になりましたよねぇ?ちなみにあなた様の命令に従わなくてもこの奴隷紋は効力を発揮いたしますのでぇ、ちゃんと『従順な腕』として調教してくださいねぇ?」
「……助かった、ハーロック」
「んふふ~、これで貸し1ですねぇポピンズさぁん……『あの件』、考えておいてくださいよぉ?」
前向きに検討しておいてやるよ、と吐き捨てる様に言いながら立ち上がったポピンズさんに置いて行かれないように僕も立ち上がる……っと、財布財布。
あれ、どうやって持ち上げよう?机の上に無造作に置かれた、かなり小さくなった財布を見て僕は考える。
「ほらぁ、あなたはもう腕を手に入れたじゃないですかぁ。物は試しですよぉ?彼女に『命令』をしなければあなたは財布を拾おうと考えて突っ立っているだけの人と同じですぅ」
ハーロックさんがボクが何を考えているのかを察して、助言をくれた。案外……良い人なのかも?
「くうぅ……この私が3500ギルも赤字を出すとはぁ……っ!ポピンズさんには何としてでも補填してもらわねばなりませんねぇ……」
訂正、めっちゃ悔しがってた。もう下唇から血が出るんじゃないかってぐらい強く噛んでいる……本当にこの人はお金が第一なんだなぁ。
さて、そういつまでも立っていても仕方がない。僕は彼女に『命令』を下す。
「えっ……と、机の上にある財布を取ってくれないかな?」
「……グッ、ガァ」
「え、っと……あれ?」
使用人から解放された彼女は逃げ出そうとして失敗したり、誰かを傷つけようと飛びかかろうとしては奴隷紋が発動して苦しんだりしているのを繰り返している。僕が命令しても知らんぷりだ……
もしかして僕、4000ギル詐欺られた?そう考えているとハーロックさんがため息をついた。
「そんな優しい命令で聞くと思いますかぁ……?あなたはいつも自分の腕に『財布、取ってくれないかなぁ?』って問いかける趣味でもあったのですかぁ?」
「あっ……」
「もっと簡素に、さぁ」
ハーロックさんのアドバイスに従って僕はもう一度彼女に命令を下す。今度は機械的に……
「机の上に置かれている財布を取れ」
「ッ!……グゥ」
「……取った」
彼女はびくりと身体を震わせると、嫌そうな顔をしながら僕の財布を取った。繰り返し身体に流れる激痛に懲りたのだろう、いやいやながらも僕の財布を握りしめている。
僕は今日、かけがえのない腕を買った。
貧乏冒険者はそれでも夢を追いかけたい~腕もお金も無いけれど、僕は『腕』となる奴隷を買って今日もダンジョンに潜ります~ 夏歌 沙流 @saru0
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