第179話 四天王ツートップ
「クケケ。なんやワレ。驚いて声もでぇへんか?」
金熊童子は嘲笑を浮かべながら、茨木に問いかける。
茨木は訝しげにその敵意剥き出しの顔を視界に収めていた。こんなにタイミングよく現れるなんて、まるでこちらの動きを予知していたとしか……。
「そういうことかい。あの戦いのあと、すぐに酒呑はお前たちを呼び寄せたってことだね? 酒呑のヤツ、元々あたしを裏切る気だったってことじゃないか。よくもまぁぬけぬけと……」
「黙れ、この
金熊の言葉には相手を格下扱いして馬鹿にするような意図がはっきりと感じられた。
「まぁ、酒呑のこと今はいいや。あとで直接説教でもしてやることにするよ。こうして片角にまでされちゃったしね。でも、まだお前さんには負けないと思うけど」
負けじと茨木が言い返すと、金熊は怒りで顔を歪ませる。整った顔立ちは崩れ、大きく吊り上がった目は悪魔を思わせた。
「虎熊ァ! お前は手ぇ出すんやないでぇ。このクソはウチが臓物を口から引きずり出して、それをケツの穴にぶち込んでやるさかい」
「相変わらず下品だねぇ。だから、いつまで経っても酒呑に相手にされないんだよ」
「っさいわ、クソボケ! ええな茨木、サシで勝負や」
「ふぅ。まぁしょーがないね」
こうして、茨木童子対金熊童子の一騎打ちが二人の間で決まった。が、そこで異を唱えたのは
「姉さま。そんなお身体で無茶をしないでくださいませ。ここはわたくしにお任せください。そのためにここまで参ったのですから」
金熊はそこで初めて茨木を庇う童女の存在に気づき、その儚げな姿を一瞥すると、吐き捨てるように言った。
「なんやこのけったくそ悪いガキは? ここはおどれのようなザコが来るような場所じゃあらへんで。邪魔くさぁてかなわんわ。すぐに出てけや」
翠は腕組みをして見下ろしてくる金熊を鋭い視線で睨み返すと、その薄い唇を小さく開いた。
「その無礼な口を閉じなさい、この
可愛らしい顔をした童女から漏れたその言葉に、一同は一瞬言葉を失った。
「し、醜女やとぉ!? この鬼界一の麗人と言われる金熊さまを愚弄しておいて、生きて帰れると思うなや!」
口が先か手が先か。金熊は手から伸びる鞭で翠に襲い掛かる。が、鞭が翠に当たる瞬間、茨木がその先端を横から押さえた。
「おっと。うちの子に何してくれるんだい。お前の相手はあたしだろ?」
睨む金熊を無視して茨木は翠に穏やかな顔を向けた。
「――いいんだ、翠。心配してくれてありがとね。こっちはあたしに任せて、翠とじろきちはそっちの虎熊を頼む」
「承りました。姉さま」
翠が頷くのを見ると、茨木は金熊に視線を戻す。
「あんな可愛い子に手を挙げるなんて、相変わらず気が短いねぇ、し・こ・め・ちゃん」
「キッサマぁ!」
金熊は両手から鞭を出すと、体の周りをビュンビュンと振り回す。狙いをつけて茨木目がけて放つが、ひらりと交わし、かすりもしない。
「片角のクセにクソ生意気やな」
「元々が強すぎたのかしらね。今でいい勝負ってとこじゃない?」
「ほざけや!」
茨木の
しかし、金熊はふと気づく。茨木が守りに徹するだけで、攻撃をしてこないことに。
手元に鞭を引くと、体の横でくるくると回しながら、自信ありげな表情を浮かべる。
「ハハーん。わかったでぇ。茨木、おのれの狙いがな」
「狙い?」
「とぼけんなや! おのれの憧術は大量のMPを消費する。それにウチにはダメージ
「さぁて、どうかしらね」
茨木が口に指を当ててほくそ笑むと、金熊は目尻を吊り上げ、再び鞭を振り回す。
「おのれなんぞ、憧術さえなけりゃただのザコ鬼や。その目を見なけりゃウチが負ける要素はどこにもない。身体バラバラにして肉片にしたるわ! 〈
金熊の妖力を流し込んだ鞭が茨木に襲い掛かる。翠が慌てて助けに入ろうとするが、壁のように立ち塞がる虎熊童子に行く手を遮られ、成す術がない。
「翠よ。とっととこのデカブツを倒して茨木ちゃんを助けるぞい」
「承りました! はああああああ!」
翠は八本の腕を連射して虎熊をめった打ちにするが、虎熊の頑強な皮膚に傷一つ与えることができない。
「こやつッ、何と言う硬さよ! 打撃にはめっぽう強い耐性を持っておるようじゃ」
「じろきち、わたくしに指示を与えてください。早くしないと姉さまが」
「わかっておる。が、こやつは土属性。翠、おヌシと同じじゃ」
「もし、……と言うことは?」
「今のままでは単純に防御力の差で……おヌシが圧倒的に不利じゃ――」
「――ッ!」
虎熊は二人の会話を聞いて得意げに鼻を鳴らした。
「オラはお前みたいなチビには負けないズラ。金熊のところへは行かせないズラ」
攻守交替とばかりに、今度は一転して虎熊が攻撃に転じる。岩が連なったような腕が一直線に翠に向かって伸びてくる。後ろにジャンプしてかわすと、その衝撃で床にぽっかりと2m大の穴が開いた。
「こやつ、強いぞ。今までの鬼とは全てが桁違いじゃ」
「ならばどうすれば? ――グハァッ!」
「翠ッ!!」
鈍重そうに見える、その見た目の印象とは異なり、虎熊の攻撃は速く、そして重い。攻撃をかわしきれず、岩のような拳をモロに喰らった翠は激しく飛ばされ、東翼の間の奥の壁に激突した。
石を積んで作られた壁には翠の血がベッタリとついている。翠は力なく膝から崩れ落ち、前のめりに倒れた。
汗を飛ばしながらじろきちが駆けつけ、慌てて回復魔法を施す。だが、じろきちは回復魔法が苦手なため、応急処置にしかならない。
「うぅ……」
「大丈夫か翠!? 意識はあるか?」
「あ、じろきち――。はい……こうなったら仕方ないですね。本気……出します」
「本気って……おヌシ」
「ギルさまには二度と見られたくない姿です――」
そう言って、眉根を下げて悲しそうに微笑すると、翠は八本の掌を左右それぞれを対にピタリと合わせて目を閉じる。
「はぁあああッ!!」
ボンッと音を立てて煙があがる。その中から現れたのは、5m級の体躯を誇る、赤黒い体皮に水色と黄色の紋様が斑に入った禍々しい姿の妖怪。
土蜘蛛の完全体の姿がそこにはあった。
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