第176話 分断

 鬼たちの射るような視線を前にバイケンはこの戦いに勝機ありと見ていた。酒呑童子がこの場からいなくなった今、鬼たちの統率があまりにも取れていなかったからである。



「お嬢ぉ。ムサシが目を覚ますまでオイラたちでこの場をしのぐぜぇ。大丈夫、鬼どもは足並みが揃ってねぇ。今のうちにコイツらを――」


 バイケンがラヴィアンに作戦を伝えようとしたその時、鼓膜の中をやたらと刺激する、甲高い女の耳障りな声が辺りに響いた。



「キーハハ! 鎌鼬かまいたち、オマイとはやっぱり縁があるみたいなのよん」


 立ち塞がる3~4m級の鬼たちが道を開け、その間から現れた小柄な女形の鬼。



「テメェは石熊ッ!」


 石熊童子いしくまどうじ。体長1mほどの小さな体に緑色の肌のその姿は、角が生えていなければゴブリンのように見えなくもない、大江山四天王が一体。


 先の一条戻橋の戦いでは、バイケンに勝利している鬼であった。



「おーっと、ワタクシもおりますよ、レディ」


星熊童子ほしくまどうじっ!」


 星熊童子。肌の色は紫で、2m級の優男風のいで立ち。他の鬼たちと比べると表情は柔らかく、一見したところでは凶悪な雰囲気は感じられない。


 しかし、その正体は童女好きのナルシスト。一条戻橋の戦いではラヴィアンに勝利した鬼である。



「クソチビィ、それに変態ナルシスト野郎。テメェらがいやがったとはなぁ」


「キーハハ! キーハハ! オマイとは中途半端な決着になったのよん。先の戦いではこの手で殺し損ねたから、今度は完全にブチ殺すのよん!」


「上等じゃねぇかよぉ!」


 口では言い返すものの、状況は非常にまずい。ただでさえ、100体を超える鬼を相手にしなければならないのに、さらに1対1の戦いで敗北した大江山四天王の2体が同時に現れたのだ。


 どう考えても絶望的。都合の良い逆転の手段など思いつくはずもなかった。



「ぎぃやぁああああ!」


 その時、野太い絶叫が大広間の端から聞こえてきた。



「あ! ちょっと見てください。ムサネコさんが目を覚ましてますよ!」


「何だとぉ!?」


 声の方を向くと、顔面を恐怖に引きつらせたムサネコと、その横でドヤ顔で親指を立てているデンの姿が目に入った。


 デンの能力は索敵。そして、その中でも一目置かれる非凡な能力が、対象のステータスを細部まで視ることができるというもの。その精度は祠の石板を遥かに凌駕する。


 デンは寝ているムサネコのステータスを確認すると、ムサネコが大の虫嫌いであることを認識し、近くで捕まえた蛾をムサネコの顔に置いて、「オマエの顔に蛾が止まってるねん」と耳元でボソッと一言。


 その後の状況が今である。



「何したかは知らねぇけど、ナイスだぜ小鬼ぃ」


 デンにぐいぐいと背中を押されてバイケンたちの方へとやってくるムサネコ。二人の前につくと、ラヴィアンが四次元収納4Dストレージから差し出した水をゴクゴクと飲み干した。


 その顔には明らかに苛立ちの表情が浮かんでいる。



「ぷふぅー。ったく小鬼の野郎はよ。とことん俺をナメてくれやがるぜ」


「まぁまぁ、こっちは大助かりですよ。ところで、今の状況わかってますか?」


「……大江山四天王のザコ二体もいるじゃねぇか。お前らの考えてることくらい分かるぜ。この場でヤツらにリベンジしてぇんだろ?」


 ムサネコがバイケンとラヴィアンを交互に見ると、二人は燃え滾るような視線を返して強く頷いた。



「たりめぇだぜぇ。でもよ、ヤツらにリベンジするって言っても、ザコ鬼が邪魔なんだよなぁ」


「お、それなら俺に言い考えがあるぜ。お前ら、ちょっと耳貸せ」


 三人は輪を作って何やらゴニョゴニョとムサネコの話を聞いている。その様子に、初めは余裕を浮かべていたものの、待たされている石熊・星熊の二体の鬼の苛立ちは徐々に募っていった。



「おい、オマイら。いい加減にするのねん。アタイらを待たせるなんてイイ度胸してんじゃ――」


「クソチビィ、テメーはオイラがブチのめしてヤッからよぉ。茨木がいなかったら普通に負けてた非力なカスがほざいてんじゃねぇぜぇ」


「――ハァ?」


 バイケンのわかりやすい挑発に青筋を浮かべる石熊童子。それは先の戦いで、石熊の怒りのツボを押さえているバイケンならではのピンポイント攻撃。


 当然のように石熊はバイケンの目の前に歩みを進めると、すぐに一色触発の睨み合いに。



「星熊。あなたの相手は私ですよ。ナルシスト気取ってるけど、ちっともイケメンじゃないし、あなたってば存在自体がキモいんですよっ。さぁ、ぶっ飛ばしてあげますからかかってきなさい。この勘違いのロリコンど変態野郎ぉーっ!」


「なななな……このワタクシに向かって何という暴言を!」


 ラヴィアンはさらに毒舌をぶっ放した。当然星熊童子は目をひん剥いて、自我が崩壊する寸前で怒りを露わにしていた。



「俺たちも行くぞぉ。石熊さま、星熊さまに続けぇ!」


 鬼の一体が片手を大きく振り上げて、周りの鬼に先立って号令をかける。その前にすっと立ち塞がったのはムサネコだった。



「よぉ、オメーら」


「何なんだテメーは!? 邪魔だ、そこをどけぇ!」


「イキんじゃねぇよ。ほぅら、ココ見てみ」


「はぁん?」


 ムサネコは自身の額を前足で指し示す。

 そして――



「オメーらはこっちで俺と遊んでもらうぜっ」


 ムサネコの第三の眼から青白い光が零れて幻術を発現。鬼たちは目を丸くして周りをキョロキョロと見渡している。



「ほぉ。考えたのですねん、白いの。確かに結界を張るより幻術の方がMPの消費が抑えられる」


 すーっと宙をふわふわと飛んでムサネコの横へとやってきたデンがさも感心したように言う。



「へっ、見くびんじゃねぇ。俺だってちっとは考えて戦ってんだからよ」


 ムサネコが作り出した幻術は、その真後ろに壁があるように見せるというシンプルなもの。確かにこれなら消費MPは少ないし、鬼たちからは壁の向こう側にいるバイケンたちのことはわからない。


 物理的にではなかったが、には分断した状況を作り出すことに成功していた。



「んじゃ始めっかぁ。あんま時間がねぇんだ、全員まとめてかかってこい」


 ムサネコがくいくいと前に突き出した手を引くと、鬼たちが一斉に飛びかかってきた。


 バイケン VS 石熊童子。

 ラヴィアン VS 星熊童子。

 ムサネコ VS 赤鬼およそ100体。


 それぞれの戦いの火蓋が切って落とされた。

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