第163話 二人の小さき者

「侵入者だ! 間違いねぇ、ヤツらが殴り込んできやがった!」


 クロベエの眼下では鬼たちが大慌ての様子で魔城の城下町を走り回っている。

 

 隠密ステルスで透明状態かつ、宙に浮いているクロベエは、このまま戦闘状態に入らなければ見つかる可能性はほぼない。

 

 酒呑童子しゅてんどうじが張ったと思われる鬼の結界に入り込んだ瞬間、侵入したことはバレてしまっていたが、クロベエの正体は依然として鬼たちに把握されてはいないようである。



「生きた心地がしないよぉ。なんでボクばかりこんな目に……」


 クロベエは涙目のまま結界の中を進んでいく。目に留まるものを記憶しつつ、怪しげな場所には直接赴き、状況を確認していく。そして、しばらくすると……

 

 

「ここも大丈夫っと。それにしても意外とザルな警備だね。これなら案外簡単に奥まで潜入できるかも」


 クロベエの悪い面が顔を覗かせている。ビビりのくせに楽観的。これまでそれで何度大変な目に遭ってきたのかを忘れてしまうところも、クロベエの良い面でもあり悪い面でもあった。

 

 一般の鬼たちが暮らす城下町の先には、石と鉄の巨大な城門が暗闇の中に佇んでいる。いよいよこの先は鬼の本丸。中のどこかに酒呑童子がいるはずだ。

 

 クロベエは振り返り、城下町を再度見回してから城門に目を向けた。門の左右に並び立つ門番の鬼は、城下町にいた一般の鬼とは大きさも雰囲気もまるで違う。鋭い目つきがクロベエに向くと、思わず声を上げそうになる。


 見えてはいないと分かっていても、射るような視線を向けられると肝を冷やす。クロベエは一分の声も漏らさぬように口を押えながら城門を浮遊しながら通過した。


 城の中に入ると、辺りの温度が急に下がった気がした。ひんやりとした空気が纏わりつき、不快感が跳ね上がる。一般の鬼は城下町に出払っているようなので、この先に待っているのは鬼の精鋭たちだろう。


 大広間にはおよそ三十体の鬼の姿が確認できる。どの鬼も皆、外で見た鬼とは明らかに雰囲気が異なっていた。鬼たちはそれぞれ数体のグループを形成し、何やら話し合っている様子。



(これって侵入者であるボクを見つけるための相談をしているってことだよね。うぅ、早く帰りたい。とっとと酒呑童子の部屋をを見つけて瓢箪ひょうたんを置いてこないと)


 天井の高い大広間をふらふらと移動する。奥の正面には左右対称に階段が展開されている。踊り場を折り返したその先にはさらなる精鋭が待っていることだろう。


 ここで引き返すわけにはいかない。でも怖い。嫌な汗が首筋を伝う気がした。猫なので実際には気がしただけだが。


 クロベエは改めて城の構造を確認していくことにした。大広間の奥に見える二つの階段。大広間の左右には廊下に抜ける複数のアーチがあり、その奥にはそれぞれ食堂が存在した。同じ城なのに、どうして二つも食堂があるのかといぶかしむ。


 ただ、クロベエはあまり物事を気にしない性格である。(きっと鬼って体も大きいし沢山食べるんだね)と、自分を納得させると再び階段の前に赴き、ふわふわと宙を彷徨いながら二階へと進んだ。


 踊り場を折り返し、目の前に二階の景色が目に入ったその瞬間、急に屋内に灯された蝋燭ろうそくが明滅し始めた。



「な、なにこれ? どうして蝋燭が点滅しているの?」


 状況が見えないクロベエは混乱する。汗を飛ばしながら辺りを見渡すと、階段から鬼たちが唸り声をあげて登ってくる気配を感じた。


 二階部分の入口には更なる結界が張ってあったのだ。それは酒呑童子のモノではなく、茨木童子による憧術を応用した姿見の結界。姿を消していようが、侵入したものすべてを浮き彫りにする性質を持った代物であった。



「マズいマズい……なぜかはわからないけど、ここにいることがバレたんだ。どうする、どこか安全な場所はないの? このままじゃ――」


 初めて訪れる場所。しかも敵の本拠地。クロベエはパニックの中にいた。



「「「うぉぉぉぉおおお!!!」」」


 階段から唸り声が近づいてくる。クロベエはこのまま透明状態でいるべきか、それとも変化メタモルフォーゼでドラゴンに姿を変えて、鬼を威嚇して脱出を図るかの二択で迷っていた。


 もう、腹をくくってドラゴンに姿を変えて鬼が驚いている隙に逃げるしかない。そう思った時、宙に浮いたクロベエの目の前に小さな鬼が現れた。



「そこの猫。こっちですねん」


 小さな鬼の突然の出現に、ビクッと一瞬で全身の毛が逆立った。が、その顔にはどこか見覚えがあった。ゆっくりと近づき、じぃっと見つめる。



「あれ、キミって確か茨木のおねーちゃんと一緒にいた」


「アタイは鬼の精霊、デンですねん」


「デンか。ボクは……」


「自己紹介はあとですねん。早くこっちへ」


 デンはクロベエを手招きして、ついて来るように促すが、クロベエは当然のように二の足を踏む。



「こっちへって、ボクをどこへ連れて行く気? まさか、このまま酒呑童子の目の前に差し出そうとしているんじゃ?」


「あ~っ、面倒くさい猫ですねん! アタイは酒呑さまじゃなく、茨木さまの使いで来たのですのん」


「へ? 茨木のおねーちゃんの? なんで?」


「そんなの知らねーのですねん。アタイは別にどっちでもいいですのん。猫がどの鬼に食べられようが、アタイのお腹が膨れるわけじゃないですのん」


「「「どこだぁ、侵入者ぁぁぁぁ!!」」」


 鬼たちは踊り場を折り返してこちらに迫ってきていた。もう迷っている時間はない。クロベエは己の感を頼りにデンに言う。



「わかった。とにかくボクを助けて! どこでもいいから安全なところに連れて行ってぇ!」


 クロベエの甲高い声は鬼たちにも届いてしまう。自ら居場所を知らせてしまうという初歩的なミスを犯したクロベエの手を取ると、デンは二階の謁見の間を思わせる中を素通りし、右手奥の部屋へと連れて行く。


 ドアをバタンと閉めると、途端に鬼の気配が消えた。ようやく一呼吸を置いたデンがクロベエに向かってあっさりと言い放つ。



「こんなマヌケなヤツを偵察に送り込んでくるなんて、ギルも他の仲間もマヌケなのですねん」


「何をー! しょーがないじゃないか。ボクは初めて来る場所で何もわからないんだぞぉ」


「礼儀を知らない猫ですねん。まずは『助けてくれてありがとう』くらい言えないのかですのん」


 子猫と小さな鬼は部屋の中央で「ぬぬぬ……」と声を漏らして睨み合っている。


 その時、壁をすり抜けて部屋に入ってくる鬼がいた。

 真っ白な肌に眉目端正な姿は、酒呑童子と並び称される鬼の双璧、茨木童子。


 しかし、茨木の顔色は冴えないように見える。

 数時間前に別れた時とは別人のように悲壮感を漂わせていた。



――

★作者のひとり言

月本です!

いつもご覧いただきありがとうございます!


前回からの予告通り、次回から本作のタイトルを変更したいと思います。


新タイトルは「聖魔のギルガメス〜呪われた少年は英雄になる夢を諦めない〜」としますが、突然の変更で「この作品なんだっけ?(;・∀・)」と思われてしまう可能性を鑑みて、


「聖魔のギルガメス〜呪われた少年は英雄になる夢を諦めない〜【旧:

ファンタスティックアベンジャー~呪われた人生に復讐するために、時空を超えて集う者~】」


という、よくわからない長いタイトルのまましばらく運用したいと思います。


タイトルが変わっても、引き続きよろしくお願いいたしますm(__)m

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