第162話 毒殺計画

 大江山おおえやま。丹波国と丹後国の境にまたがる連山である。

 雲海の名所としても知られており、ギルたち一行が着いた今も、山の周囲にはきめ細やかな雲が月明かりを遮るようにどこまでも広がっていた。

 

 その幻想的な空間の下にギルたち一行は、ムサネコの時空間魔法〈空間転移スペーストランス〉でやってきたのであった。


 山の中腹。岩場の勾配が緩やかな拓けた場所で一行は同じ方角を見据えていた。視界の遠く奥、山の頂上には酒呑童子の居城である魔城が冷たい岩肌の上に無機質にそびえ立つ。


 一行がこの場に留まっていることには理由があった。じろきちによれば、この先に結界が張られていて、一歩足を踏み入れるとたちまち鬼との戦闘が始まるという。



「思った以上に大きい城だね。それにじろきちの言う結界がこうも広いと、酒呑童子に辿り着くまで相当の苦労を強いられそうだ」


 ギルは城から目を離さないまま、素直な感想を漏らしていた。



「一応確認ですけど、ムサネコさんの時空間魔法でいきなり酒呑童子の目の前まで移動するなんてことは……?」


 ラヴィアンが一縷の望みをかけてムサネコに尋ねる。ムサネコは腕組みをしたまま難しい表情を浮かべて押し黙っている。その様子を一瞥いちべつすると、代わりにじろきちが答えた。

 


「まぁ無理じゃろうな。何せ酒呑童子こそ時空間法術のスペシャリスト。ヤツの張った結界に対策が施されていないはずはないじゃろうて」


 じろきちの言葉を受けてムサネコが続ける。



「あぁ、俺もアビリティ、〈時の神クロノス〉持ちだけではあるけどよ、酒呑童子は俺よか厄介な時空間法術を操るって聞いたことがあるんだよな」


「なんです。その厄介な術って?」とラヴィアン。


「……時間を止める術、〈強制停止ストップ〉だ」

 

「え? じゃあもしかしたらこの結界にも?」


「可能性はあるだろうな」


 一行は再び押し黙る。今から自分たちが立ち向かおうとしている相手がどれほど強大な存在なのか。ここまで目の前の鬼を倒すこと、自分たちが強くなることに必死で酒呑童子の情報が十分に共有されていなかったことによる弊害がここに来て一行の足を鈍らせていた。


 つまり、いざ情報の一部を聞いただけで得体の知れない恐怖に駆られてしまう有り様なのだ。情報。それが酒呑童子討伐を果たすのに圧倒的に不足している事実にこの土壇場で気づかされる。


 しかし、仲間たちの気持ちをおもんばかったのか、じろきちが努めて冷静に言葉を投げかける。



「おヌシら、そんなに怯える必要はないのじゃ。酒呑童子の情報ならアチシがある程度持っておるからな。それにムサシちゃんだってこの時代で酒呑童子を倒すためだけに生きてきたのじゃ、それなりに探りは入れておったんじゃろ?」


 話を振られたムサネコは眉をひそめて困惑の表情を浮かべた。

 


「そりゃ俺だってあの手この手で調べては来たけどよ。どうも輪郭が掴めねぇっていうか、謎な部分がまだまだ多すぎる。酒呑童子の弱点やらは俺とじろきちの情報を共有できるけどよ、この結界の中のことが一切わからねぇってのは正直不安あるぜ」


 その時、「くっくっ」とせせら笑う声がムサネコの耳に届く。



「あ、誰だ笑ってやがるのは?」


 キョロキョロと辺りを見渡すムサネコ。しかし、声の主を見つけることはできない。

 


「ボクだよ父上」


 それは暗闇に紛れ込んだ黒猫クロベエ。



「お前か。どうした? ここに来て急にビビったなんて言うんじゃ――」


 ムサネコの言葉を最後まで待つことなく、クロベエは言葉を被せる。



「ビビる? まっさかぁ。ボクだってやる時はやるんだよ。そうじゃなくてさ、情報収集ならボクが行かないと。何たって隠密のエキスパートだし」


 鼻高々とドヤ顔を決めるクロベエ。この猫、いつになく自信ありげだな。



「クロベエが調子に乗ってると逆に怖いんだよな。本当に大丈夫か?」


 ギルが訊くと、クロベエは「隠密ステルス」と言って姿を消す。そして、透明状態になると、宙を飛んでギルの頬にネコパンチを一発喰らわせた。



「いってぇな! この卑怯者の黒猫がぁ!」


 ステルス状態から戦闘に突入すると姿が戻る。ネコパンチをしたクロベエも当然元に戻ってギルに追いかけ回されている。



「うひゃひゃ!」と笑うバイケンに、「はぁ」と溜息をつくラヴィアン。そのあとすぐにムサネコにとっ捕まって、「こんなところでふざけてんじゃねぇッ! 緊張感を持ちやがれバカ野郎!」と怒られ、頭にげんこつ(ネコパンチ)を落とされるギルとクロベエ。ギルはクロベエを恨めしそうに睨んでいた。



「それはそうとムサシちゃん」とじろきち。「クロベエのステルスは確かに使えるかもしれんぞ」


「ん? どういうことだ?」


「ほれ、バイケンとクロベエが手に入れた酒があったじゃろ?」


「あぁ、あったなそんなの。何つったっけか?」


 ムサネコは顎に手を当て空を見上げる。



「『神変鬼毒酒じんぺんきどくしゅ』だぜぇ」


 バイケンは横からその問いに答えると、四次元収納4Dストレージから中央のくびれに赤い紐が巻き付けられた金色の瓢箪ヒョウタンを取り出した。



「おぅ、確かそんな名前だったな。これってあれだよな? 人が呑むと美味いけど、鬼が呑むと毒になるっていう」


「そうだぜぇ。コイツを酒呑童子が呑めば毒が回って死ぬって、瓢箪をくれたジジィが言ってたんだぜぇ」


 ムサネコとバイケンは顔を見合わせて、「クックックッ」と悪い顔で笑みを浮かべていた。それを見ていたギルは普通に引いている。



「うわ……ここまで来て毒殺って、さすがにダサくない? それに二人で凄い悪い顔してるのも引くわぁ……」


「うるせんだぜぇ。手段なんざどうでもいいっての。勝ちゃあいいのよ、勝ちゃあよぉ」


「まぁそうだけど、本当にそれ呑んだら酒呑童子は死ぬの?」


「あ? 確かジジィはそう言ってた気が――」


 途端に自信なさげな表情を浮かべるバイケンの頭にクロベエがぴょんと飛び乗った。



「違うよバイケン。おじいさんたちは『身体に毒が巡って動けなくする効力がある』って言ってたんだよ」


「う……大体似たようなもんなんだぜぇ」


「全然違うじゃん」


 クロベエに訂正され、ギルにバッサリいかれると、バイケンはしゅんと縮こまった。そこに、「でも……」とラヴィアンが口を挟む。



「実際のところ、動けなくできればかなりこちらが有利になりますよ。それに、クロベエなら今回のミッションにうってつけじゃないですか」


「へ? ボク?」


「そうですよ。ステルスで姿を消して、結界の中を調査して、さらに神変鬼毒酒を酒呑童子の近くに置いてくれば作戦成功です」


 ラヴィアンはあっさりと言い放ったが、クロベエは急に顔から汗を飛ばし始める。



「そそ、それはちょっとどうかなぁ。調査はいいけど、酒呑童子の近くなんて、ミスったらボク死んじゃうかも」


「いや、それでゆこう」


 今度はじろきちだ。



「じろきちまでッ!? みんなしてずるいよ。ボクにばっかり危険なことを押し付けて」


「そうではない。皆がおヌシの力を頼りにしているということじゃ」


「ボクの力を? ……あの、それってじろきちも?」


「無論じゃ。アチシはおヌシを頼り切っておるからな」


「そうだったの!? 何だぁ、じゃあボクたち両想いってことじゃないか」


 クロベエは頬を両手で押さえながらくねくねしていた。動きがだいぶ気持ち悪い。そして、壮大な勘違いをしているのは誰の目にも明らかだった。



「わかった! ボク行くよ」


 吹っ切れたような表情。でも実際にこの作戦を成功させるにはクロベエの力が必要だし、ここは任せるしかないだろう。


 鉄は熱いうちに打てとばかりに、すぐに作戦の内容が伝えられると、クロベエはやる気に満ちた表情のまま宙に浮く。



「じゃあ行ってくる。もし何かあったら通知が飛ぶようにしたから、ちゃんと助けに来てね」


「あぁ、もちろん。でも、気をつけてな、クロベエ」


「うん! よ~し、行くぞぉ。隠密ステルスッ!」


 クロベエは姿を消し、鬼の魔城へと侵入する。

 残された全員は、祈るような思いでそびえ立つ城を見つめていた。



――

★作者のひとり言

月本です!

いつもご覧いただきありがとうございます!


突然ですが、近々本作のタイトルを変更する予定です。

(何度もすみません。。)


新タイトルは「聖魔のギルガメス〜呪われた少年は英雄になる夢を諦めない〜」とする予定です。

もう一度くらい告知をして、旧タイトルは新タイトルの後ろに付けてしばらく残す予定ですが、ぱっと見は分かりづらいかもしれません。


タイトルが変わっても、引き続きよろしくお願いいたします!

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