第93話 ムサシのむかし
「私の責任なのです……」
鍛冶師の
「都をこんなにしてしまった原因の一端は私にあるのです。私さえ……、私さえあの時しっかりと務めを果たしていれば……例えこの身がどうなっていたとしても、子供たちのことを守ってやれていたら……」
「ねぇ、おじいさん。さっきから一体何の話をしているのです?」
ラヴィアンが尋ねると、郡司は「あぁ……」と声を漏らして小さな声で言った。
「
「なんですか、道丸って?」
ラヴィアンが再び尋ねると、ムサネコが代わりに答えた。
「道丸……ってのがじいさんたちが呼んでいた名のようだが、知られた名は
【はあぁぁぁぁぁ!?】
その場にいた全員が一斉に声をあげた。
「ちょ……ちょっと待ってください! おじいさんが育ての親って……どういうことなのですか? だって、親はその……む、ムサ……」
慌てふためくラヴィアンと口ごもる郡司を尻目に、ムサネコが嘆息をついて口を開く。
「あぁ、酒呑童子の実の父は俺の過去の転生体〈ヤマタノオロチ〉だ。それは間違いねぇ」
ヤマタノオロチ。その名を知るのは、この場では他に郡司とじろきちだけだった。ラヴィアンも首をかしげているが、ギルはその名に引っ掛かりを覚える。
(ヤマタノオロチ……初めて聞く名なのに、どこかで聞いたことがあるような……)
過去に見た文献だったろうか。それとも、誰かから聞いた話だったろうか。いや、きっとそのどちらでもない。ただ、ギルの中に初めから刻み込まれていた名のようにしか思えない。
それくらい、過去に必ず触れたことのある名だとは確信が持てるのだが、記憶の扉に幾重もの鍵が掛かっているかのように、決してその記憶には辿り着くことができない。
そうして、1人考え込むギル。しかし、ギルを置き去りにして話はどんどんと進んでいく。疑問を口にしたのはラヴィアンだった。
「あの、ムサネコさんが以前転生していたと言うヤマタノオロチとは何者なのですか?」
「……まぁ、俺もそんなに長いことその中に入っていたわけじゃねぇから、何者かって言われてもちゃんとした答えになっているかはわからねぇがな。東の国の歴史上でも最悪の妖怪として必ず名が挙がる、八つの頭に八つの尾を持つ体長百メートルをゆうに超える化け物だ。あのまま放置されていたら、東の国自体を滅ぼしていたかもしれねぇ」
「そんな……でも、『あのまま』ということはそうはならなかったと言うことですね」
「あぁ、あの時の俺は自分の意志では破壊行動を抑えることができなかったからな、俺を追ってきた英雄に自らの首を差し出したんだよ」
「英雄……ですか?」
「そうだ。そいつに俺は首を落とされたおかげで、二度と思い出したくもねぇ生き地獄から抜け出すことができた。それから何度か転生を繰り返して今に至る」
何度聞いてもよく分からない話だとギルは思った。転生者とは罪人が神によって強制的に魂をより凶悪な個体に移されることだと聞いた。
でも、それなら一体なぜムサネコやバイケンがその対象になったのか? 彼らが元々そのような悪だったとは到底思えない。そして、どういう条件を経て今のような悪ではない個体に移ることができたのか。また、悪から悪への転生があるのなら、善から善への転生もまた存在するのか。そこにはいまだ謎しかない。
「ねぇ、ムサネコさん――」
ギルが尋ねようとすると、ムサネコは前足を突き出してそれを制する。
「悪いが今はこの話はここまでにさせてくれ。俺自身も思い出して気持ちのいい話じゃねぇからよ。ギル、お前にはいつかちゃんと話すつもり……」
そう言ったムサネコは息が荒くなって、普段フサフサの白い毛は大量の汗によって全身がびっしょりと濡れていた。すぐに額の〈第三の眼〉が開いて目から青い光を放ち自分自身を包み、落ち着かせなければならないほどその姿には動揺の色が見えた。
「ねぇ、大丈夫? そんなに……キツい記憶なの?」
「あぁ、これはまさに呪縛みてぇなもんだな。思い出すだけで身体が拒絶反応を起こしちまうんだ。できれば二度と思い出したくもねぇんだが、そういう訳にもいかねぇからな。そのうち状況が落ち着いたらちゃんと話すから今はこれ以上は勘弁してくれ」
「……うん、いいよ」
ギルの言葉にムサネコはようやく薄い笑みを浮かべた。少しずつ第三の眼も閉じてきているように見える。さっきまでと比べると、だいぶ落ち着いたようだ。その様子を見て胸をなでおろすと、ギルは郡司に目をやる。
「待たせてごめんなさい。あの、郡司さん。道丸……外道丸について、もう少し聞かせてもらえますか?」
「……はい、もちろんでございます」
この世の鬼の総大将にして、東の国の三大妖怪の一角に数えられる酒呑童子。
そのあまりにも禍々しい鬼と目の前の気の良さそうな老人が、どう見ても結びつかないとギルは思っていた。
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