第92話 鍛冶師
一方のギルたちは、途中でつかの間の仮眠を取った後で、京の都の中心部である朱雀大路から東に向かっていた。聞き込みをしたところ、東門の手前に武器を扱っている店があるという情報提供があったからである。
時間にして30分足らずでその場所へと到着。
道沿いに店が奥まで延びているが、ほとんどの店は閉まっていて閉塞感が漂っている。
ここもであった。店の数に対して人の数が圧倒的に少ないと感じる。普段ならば多くの人で賑わう場所だろうに、ちらほらと人の往来が見て取れるだけ。
「ねぇじろきち。本当にこの辺りなの?」
「うむ、そのはずじゃが」
じろきちも自信がなさそうな言葉を口にした。何か手掛かりはないだろうかと辺りを見回すと、若い男女が並び歩く姿が目に入ったので、ギルは小走りで向かい、背後から声を掛けた。
「あの、すいません。ちょっといいですか?」
振り向いた女はギルとみると明らかに黄色い声をあげた。
「はぁぁ、何でしょう。ちょっと待ってくださいまし。あぁ、何て見目麗しいお姿……」
「へ?」
女は手のひらを顎の下で組み、首を傾げ上目遣いにギルを見つめてくる。
「おい、何だテメーは? 俺の女に気やすく声かけてんじゃねぇぞ」
「はい?」
男の方は怒りをあらわにしていた。普通に声かけただけのつもりなのに、何か失礼があったのか?
ギルがそう思っていると、ムサネコがゆっくりとやってきてギルに耳打ちした。
「バカ野郎、忘れたのか? お前は周りからは
「あ、あぁ確かに言ってたね」
「だから、その辺の女に声なんてかけたら反応はだいたいこんなもんだ。めんどくせぇからこういう役目は俺に任せとけ」
「わかったよ」
そう言ってギルはムサネコの背後へと回った。代わってムサネコが二人に声を掛ける。
「よぉ、さっきのは気にすんな。それよりちょっと聞きたいことがあるんだが」
「あ、あなた様は源頼光さまではありませんか? 以前一度だけお姿をお見かけしたことがございます。一体なぜこのような場所に」
今度は男の方が目を輝かせてムサネコに話しかけてきた。
ムサネコが困惑の表情を浮かべていると、後ろからちょうどいい感じの普通の身なりをした男性に耳打ちされた。
「何をやっておる。おヌシもギルと変わらんではないか。アチシに任せておけ」
「おまっ、じろきちか?」
この場に適した完璧な
それから、じろきちは若い男女に話を聞き、有力な情報が得られないことがわかると次から次へ人を見かける度に聞き込みを繰り返していた。
しかし……
「武器屋も鍛冶屋も最近は店を開けておらぬようじゃの。鬼と戦おうなんて気概のある人間はおらぬようで武器の需要は激減。どこも開店休業のようじゃ」
じろきちの言葉にムサネコが語気を強める。
「はぁ? 晴明がお前がいれば何とかなるって話をしてたじゃねぇか」
「そんなこと言ったってアチシにもわからぬものはわからぬ」
「無責任なこと言ってんじゃねぇ!」
「無責任とはなんじゃ!」
「むぐぐ」「ぬぬぬ」
二人が言い争いをしていると、髪に白髪の混じった褪せた緑の着物を身に
「これ、そこの人と狐さん。こんな道の往来で大声を出すのはやめなされ」
「ぬ、狐……じゃと?
「え? えぇ、見事な狐のお姿ですかな? 見えますとも。それが何か?」
「……ビンゴじゃな」
じろきちはそう言うと男の周りを一周した。
「翁。おヌシ、名は何と?」
「私めですか? 私は
「郡司か。おヌシ、結界の中におるで間違いないな?」
「……はい、間違いのうございまする」
じろきちと郡司の会話を聞いていたラヴィアンが話に加わる。
「どういうことなのです? あなたたちはさっきから何の話をしているのですか?」
「ふむ、これはちと説明が難しいのう。早い話、この者は晴明ちゃんの手つきの鍛冶師ということじゃ」
「え? それは晴明さんの式神のじろきちでも知らなかったのですか?」
ラヴィアンが言うと、じろきちは「ハハハッ」と目じりを下げて笑った。
「知らぬ知らぬ、なにせアチシが晴明ちゃんの式神となったのはつい最近のことじゃからな」
「え、そうなんですか? もうずいぶん昔からのお知り合いとばかり……」
「……昔からの知り合いであることは違いないが、式神となったのは最近なのじゃよ」
「???」
「いいのじゃ、今大事なのはそこではない。それより郡司。早速で申し訳ないが、おヌシの工房へと案内してくれぬか」
そばで柔和な笑顔を浮かべて話を聞いていた郡司は小さくうなづいた。
「参りましょう。すぐそこでございますゆえ」
郡司の案内で、一行は工房へと向かう。そこは、路地裏の角にある小さな茅葺き屋根の小屋の中にあった。
中に入ると大きな
また部屋の一角には工房で作られたと思われる数本の刀や槍、大きな弓矢が飾られている。
「へぇ、狭いがなかなか立派な工房じゃねぇか」
ムサネコが言うと、郡司は軽く頭を下げてから口を開く。
「晴明様より伝えられておりましたゆえ、皆さまが来られるのをお待ちしておりました。いつでも始められるよう、道具の手入れも抜かりはございません」
「ほぅ、お前は全部知ってたってのか」
「――少しだけ私の話をさせてもらえますでしょうか」
郡司は上に向けた手のひらを動かし、一行に適当に座るよう促した。
さっきまでの柔和な表情は曇っているように見えた。
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