第90話 三人の翁

 石清水八幡宮に到着した二人はしっかりとお参りを済ませると、今度はそのままバイケンの背に変化メタモルフォーゼで子猫になったクロベエが乗って熊野権現を一気に目指す。


 距離にして直線で約12kmほど。空を駆け抜けてあっという間に到着すると、ここでもしっかりとお参りを済ませた。


 神社の境内を歩く二人。バイケンはクロベエに提案する。


「もうすぐ昼だぜぇ。待ち合わせまで時間もあるし、少しだけここで休んでいくかぁ」


 バイケンの申し出にクロベエは首を横に振った。

 

「ううん、練習の時間がもったいないよ。お昼は我慢できるから大丈夫」


 いつもこんなに真面目ならいいのに、とバイケンは思ったが、つかの間でもちゃんとやってくれているのだからと余計なことを言うのは控えた。


 飛んで行けばすぐにギルたちの元へと合流できそうだったが、クロベエが戻る道中でも練習したいと言い出したので、二人はまだ待ち合わせまでは時間があるからと、歩いて合流地点の一条戻橋を目指すことにした。四条通りをしばらく西へと歩き、堀川通りを北へ進むと一条戻橋へ着くはずである。


 クロベエは人目を避けるために〈隠密ステルス〉を発動してから変化の練習を繰り返した。〈隠密ステルス〉であれば、戦闘に巻き込まれない限りは透明状態が続くため、どれだけ姿を変えても問題がない。MPが切れるまではの話だが。



 そうして堀川通りを歩いていると、二人の前に三人の翁がどこからともなく突然姿を現した。


 前合わせ部分に紐の付いた羽織りをまとい、下半身には丈の短い、すそ絞りの小袴こばかまを履いている。三人はそれぞれ、青、赤、緑の烏帽子えぼしを被っていた。


 バイケンとクロベエは足を止める。バイケンが透明状態のクロベエに指示を出して探りを入れようとすると、三人の翁は足音を立てずに【すぅ】と二人の前までやってきた。


「お、お前ら何モンなんだぜぇ?」


 問いかけに青の烏帽子の翁が答える。


「ワシらは神社の使いじゃよ。『住吉明神すみよしみょうじん』『石清水八幡宮いわしみずはちまんぐう』そして、『熊野権現くまのごんげん』それぞれのな。お参りをしてくれたお前さんたちにぜひ渡したいものがあってここで待っておったのじゃ」


「じ、神社の使いだとぉ。そんなの、敵や鬼じゃない証拠なんてねぇだろうがぁ」


 バイケンは警戒を緩めない。前回の戦いで、1人の判断ミスが全体の命取りになると痛感したからである。


 クロベエは、自ら隠密ステルスを解除すると、三人の翁の前に姿を現した。


「大丈夫だよバイケン。このお爺さんたちからは何の悪意も邪気も感じないもん。だから話を聞こう。きっと大事な話なんだと思う」


 おいおい、全然チビスケらしくねぇぜぇ、とバイケンは思う。何だか子供が大人になる瞬間を目撃してしまったようで少し寂しくもさえあった。


「わかったんだぜぇ。アンタらの話を聞こうじゃねぇかぁ」


 その言葉を聞いた今度は赤い烏帽子を被った翁が、中央のくびれに赤い紐が巻き付けられた金色の瓢箪ヒョウタンを何もないところから取り出した。



「なーにそれは?」


 クロベエが尋ねると、赤い烏帽子の翁は瓢箪を前に差し出して言う。



「この中に入っているものは『神変鬼毒酒じんぺんきどくしゅ』と言っての、人が飲んだら身体に力がみなぎるうまい酒になるのじゃが、鬼に飲ませると身体に毒が巡って動けなくする効力があるのじゃ。お前さんたち、酒呑童子の元へと向かうのであろう? それならこれを持って行くがいい。酒に目がないヤツのことじゃ。必ず役に立つじゃろて」



 バイケンが瓢箪を手に取ると、中にはしっかりとした量の液体が入っていることがその重さから伝わってくる。


 瓢箪の先の蓋をポンッと引き抜いて中身を嗅いでみる。確かに酒だ。しかもとても芳醇な甘く瑞々しい香りがする。明らかに上物の酒であった。


「じいさんたち。オイラたちは生き死にの戦いを覚悟しているんだぜぇ。これが偽情報ならオイラたちはそれで全滅しちまうかもしれねぇ。何か……アンタらを信用できる確証みたいなものが欲しい」


 バイケンはいつになく慎重だ。それほど酒呑童子の存在を脅威に感じている証拠だとも言えた。バイケンの言葉を聞くと、今度は緑の烏帽子を被った翁が一歩前に出てきて話し出した。


「確証にはならぬかもしれぬが、ならばもう一つおヌシらに役立つ情報を教えてやろう」


「役立つ情報……だと?」


「うむ、ここから西に行くと小さな山があっての、少し登った辺りで異変を感じるはずじゃ」


「それが何だって言うんだぜぇ?」


「どうやらそこは『不思議な植樹』と呼ばれる草木が生えておるようでの。聞くところによると、不思議の植樹の周りは凶暴化した野生動物が増大しておるそうじゃ」


 なかなか要点を掴めない話だ。バイケンは単刀直入に切り込んだ。



「じいさん、結局その話のどこが役立つ情報なのかわかんねぇんだぜぇ」


「ふぉっふぉっ、凶暴化した野生動物はそのすべてが草食動物。その地域ではウサギやリスが巨大なイノシシや熊でさえ倒してしまうと言うのじゃ。それを実現したのが不思議な植樹。ならば、その効能はおヌシらにも想像がつくのではないかの」


「一時的なステータスアップ……か」


「そう、すなわち、これは鬼を倒す可能性が高まると言う話じゃ。ヌシらには必ずや鬼を倒してもらわんと困るからの。この世界が鬼によって支配される……そんなことは断じてあってはならぬ。わかるの」


「……あぁ」


「じゃからワシらはおヌシらに『神変鬼毒酒じんぺんきどくしゅ』と『不思議な植樹』を託そうというのじゃ。ワシらを信じてこの瓢箪を抱え、不思議な植樹を手にし、鬼の元へと向かえ。ワシらはヌシらの勝利を信じておるでの」


「わかったぜぇ。確かによさそうな情報だぁ。まだ待ち合わせまで時間があるからなぁ。早速その不思議な植樹ってのを採りに行こうじゃねぇかぁ。なぁチビスケ」


「そうだね。きっとラヴィならそれで凄い薬を作ってくれそうだし」


「決まりだぜぇ」


 二人は視線を合わせると大きくうなづいた。

 時間はあまりにも限られている。しかし、その間でどれだけ成長できるか。どれだけ勝ち筋を見出せるか。

 

 今回の戦いはそういうギリギリの部分が勝敗を分けるだろう。

 三人の翁に見送られ、バイケンとクロベエは西を目指すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る