第89話 隠密の才能

「あーあ、結局バイケンと一緒かー。じろきちと一緒ならよかったのに」


 石清水八幡宮いわしみずはちまんぐうへ向かう道中、森の中を抜ける細い道で、クロベエはいつものように不満を漏らしていた。


「ったく、お前は全然成長しねぇなぁ。じろきちだって、お前のそう言うところが嫌なんじゃねぇかぁ」


「え? ボクってじろきちに嫌われているの?」


「オイラが知るかよぉ。けど、今は色恋にうつつを抜かしている場合じゃねぇぜぇ。なんせ酒呑童子を倒せなかったらオイラたちは全員お終いだ」


「あぁうん、そうだったね……」



 クロベエは現実に引き戻されたような気がして視線を落とした。バイケンはクロベエの肩をポンと叩く。


「そう暗ぇ顔をすんなぁ。つーか、実はムサシから頼まれててよぉ。お前に変化メタモルフォーゼと浮遊を教えてやってくれって」


「うん、父上はボクにはセンスがあるって」


「……オイラは無責任なことは言えねぇけどよぉ、でもお前なら習得できるような気はするぜぇ」


「ほんとに?」


「あぁ、けど問題はあまりにも時間が限られているってことだぁ。お嬢の呪印が発動するまで残り七日と半日しかねぇ。普通は何年もかかってやっと習得するものだぜぇ。そんな短期間で習得できたヤツなんて聞いたこともねぇしよぉ」


 バイケンは真っすぐな男だ。本心しか言わないし、ウソはつかない。クロベエもそれは十分にわかっている。それだけ困難な挑戦ということなのだろう。


 でも……



「……ボク、ラヴィにはお世話になりっぱなしなんだ。2年間毎日美味しいご飯を作ってくれたし、病気になった時は治るまでずっとそばにいてくれたし、あんな優しい子がどうしてこんな酷い目に遭わなきゃならないんだって……何か力になれないのかなって……そんなことばかり思ってたんだ」


「いいじゃねぇかぁ。お前がお嬢に恩を感じているなら今回それを返せるいい機会になると思うぜぇ」



 クロベエは顔を上げた。喉につっかえていたものがお腹の中にストンと落ちて行ったような、そんな感覚。クロベエは急に鼻息が荒くなる。



「これはやらなきゃダメなヤツだね。ボクはもっとみんなの役に立ちたいんだ。だから、時間は少ないかもしれないけど、お願いバイケン。ボクにアビリティを教えて」


「おぅ、元からそのつもりだぜぇ。じゃあ、まずは妖怪が比較的覚えやすい変化メタモルフォーゼから教えてやる」


「うん、ボク頑張るよ!」



 クロベエは珍しくやる気になっていた。こんなにやる気になったのはニンフに探索魔法を教えてもらった時以来かもしれないと思い返していた。


 変化メタモルフォーゼは、妖怪・異形が得意とするアビリティで、体の大きさを変える初歩のものから、全く別の種族に姿だけではなく声まで変える上級まで難易度に大きな違いがある。


 クロベエがまず目指すのは、もちろん体の大きさを変える初歩の変化メタモルフォーゼである。


「いいか、変化メタモルフォーゼってのは、頭の中に思い描いたイメージを具現化させるってアビリティだ。アビリティって言うだけあって、取得条件ってのがある。割と汎用的なアビリティだから取得条件については判明しているんだぜぇ」


「そうなの? じゃあ、取得条件をクリアできればボクも使えるようになるんだね」


「まぁそういうことだぁ。で、取得条件だが……」


「取得条件は……?」


「1回の成功体験だぜぇ」


「成功体験?」


「そうだぁ、変化メタモルフォーゼは取得条件が最も明快な部類のアビリティで、一度でも成功すればアビリティにセットされる。どっちかって言うと単体スキルに近いもんだからなぁ。東の国の『ニンジャ』なんて、ヒューマンなのに修行を重ねた末に取得したヤツもいたらしい。取得条件の情報元はどうやらそこからみたいだぜぇ」


 何だかわかったようでわからないクロベエ。


「えっと、じゃあさ、一度でも成功すればアビリティはセットされて、それからどんなモノへ変化できるかはさらに練習次第ってこと?」


「そういうことだぜぇ」


「なら、とりあえずやってみるから、やり方のコツとか教えてよ」



 バイケンはうなづくと、すっと目を閉じた。しばらく間を置くと、目を開いたと同時に【ボンッ】と音を立てて次の瞬間にはヒューマンの色っぽい女性へと姿を変えていた。



「どうかしらぁ? 簡単でしょぉ?」


 気づくと声まで女の人の声色に変えていた。変化すると悪ノリするのがバイケンの悪い癖である。



「いや、全然わかんないんだけど……」


「あらぁ、簡単簡単~。コツはねぇ、目を閉じて頭の中でしっかりとイメージを固めて、目を開いた瞬間に自分がそのイメージに成り代わるように思いを集約して解き放つのぉ。そうすれば適性がある妖怪なら何千回か何万回かやっているうちに――」


 クロベエはバイケンの説明を最後まで聞くことなく、頭の中で自分が大きくなったイメージを浮かべると、目を開くと同時に口に出す。


変化メタモルフォーゼッ!」【ボンッ】


「はぁぁぁ!? ……おいおいウソだろぉ……」



 バイケンの目の前には道を塞ぐほど大きな黒い猫が出現していた。軽く3~4mはありそうな。クロベエ(巨大猫)はバイケン(女装)を見下ろすと、いつもの高い声で言う。



「あの……これのどこが難しいの?」


「チビスケ! オメー、天才すぎるじゃねぇかぁ!」



 驚くことに、クロベエは一発で成功した。この時点でアビリティ〈変化メタモルフォーゼ〉の習得である。



「いや、普通にできたよ」


「だから普通はできねぇんだってーの! ちっとは苦労しろっての」


「まぁできたんだし今はそれでいいじゃない。それよりも、大きくなったり小さくなったりってのは、どれくらいのサイズまで可能なの?」


「それは自分自身の身体能力に依存するぜぇ」


「どういうこと?」


「だから、見た目が大きくなっても力とか体力は元のまんまなんだぜぇ。てことは、大きすぎたら元の身体では力が足りなくてロクに動かせねぇから結局支えきれなくて解除されるし、逆に小さすぎたら変化した小さい身体を上手くコントロールできなくてすぐに解除されちまうぜぇ」


「オッケー。大体わかった」


「オメーの元の大きさと身体能力からすると、大体手乗りサイズの子猫から、今くらいの大きさ……はちょっとデカすぎで全然動けねぇだろぉ? 少しでも動けるようにせいぜいその半分くらいにしとけぇ」


「うん」



 どうやらクロベエには隠密の才能があるようであった。〈変化メタモルフォーゼ〉は隠密アビリティの一種と言えるものである。元々適正は高かったのだろうが、一度で成功してしまったことにバイケンは驚きを隠しきれなかった。


(チビスケ、ひょっとしてお前……元はそっち系の妖怪なのか?)


 そんなことを思いながらクロベエを見ると普段の姿からは想像もつかないほど落ち着いている様子であった。いつもふざけているが、今回は自分の無力さをずっと痛感していたのだろう。


 おごることなく、その後もバイケンの教えを忠実に守って、〈変化メタモルフォーゼ〉の練習を道中ずっと休むことなく繰り返していた。

 

 クロベエの成長がこの戦いの大きなカギを握ることになろうとは、まだ誰も知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る