第88話 占いの向こう側

 じろきちの突然の提案に面々は静かに頷いた。


 こうして話していても埒が明かないのであれば、それはこの場で最適なアプローチのようにも思えたのだ。


 ただ、この場にいない晴明にどうやって相談すればいいのか。ギルはじろきちに言葉を投げかけた。



「晴明に……相談?」


「そうじゃ。現世最強の陰陽師である晴明ちゃんなら、手立てを見つけることができるかもしれんでな」


「だって、晴明はパウルを連れてどこに行ったかも……」


 ギルが言うと、じろきちは店内の何もない宙に前足で五芒星の線を描いた。


「これってまさか?」


「なんだ、知っておるのか?」


「あぁ、似たような魔法を目の前で見たことがある。離れた相手と話ができる魔法」


「む、ビンゴじゃな」



 じろきちはそう言ってほほ笑んだあと、宙に描いた五芒星に「晴明ちゃん、聞こえるか?」と話しかけた。しばらくの間があって、五芒星から声が聞こえてきた。



「あれ、じろきち?」


 晴明の声だ。想像以上にクリアに声が聞こえてくる。


「うむ、実はちょっと困ったことになっての」


「えー、なになに、どうしたの?」


「それが、先刻酒呑童子と相まみえたのじゃが、その際ヤツにお嬢が呪印を喰らってしまっての。その呪印が厄介な代物で、八日以内に呪いを解かなければ固有アビリティが順に消されてしまい、無くなったら最後は鬼に変えられてしまうらしいのじゃ」


「むむむ……それは本当に厄介なことになったね」


「そうなのじゃ。で、何とかならないかの?」


「う~ん、ただの呪印なら解除できると思うけどね。酒呑童子みたいな格の高い妖怪の呪印だと見たことがない術式で組まれているはずだから、正直すぐには何ともだよ……。確実なのはやっぱり呪印を組んだ鬼の首をはねることだね。そうすれば呪いが返る場所を失って効力が消滅するから」


 晴明の言葉を聞いたじろきちは、うつむきながら小さくうなづくと再び五芒星に向かって声をかけた。


「う~む、やはりそう来るか。となると……」


「うん、酒呑童子に呪印をまともに喰らったと言うことは此度の戦いでは歯が立たなかったということでしょ。それなら、酒呑童子に対抗する手段を早急に用意するしかないね」


 二人のやり取りを聞いていたギルが、我慢できずに口を挟む。



「晴明、ギルだよ。あのさ、対抗する手段って?」


「ギル、そなたも無事だったんだねっ。うん、その酒呑童子に対抗する手段だけど、酒、そして鬼退治の専用武器が必要になるみたいだよ」


「酒と武器? それってどうやって手に入れたら?」


「我の占いによると、酒は元々分かってたことなんだけど残りの二社にお参りした後でイベントが起こるみたい。武器のほうは……じろきちがいれば大丈夫そうかな。あとは我もよきに計らっておくから」


「なんかちょっと……って言うか、だいぶざっくりしてない?」


「そう言わないでよぉ。占いなんて所詮そんなもんだから。でも、実際に我の占いは結構当たるって言われてるんだよ。だから今は信じてもらった方がきっといい結果につながると思う。それに、こっちはこっちで準備を進めているから、もうすぐそっちへ合流できると思うし」


 晴明の言葉に一行は色めき立った。どれくらいの実力を秘めているかはわからないが、不殺の聖約の対象となるくらいの人物だ。同じく対象者であった、ニンフやキレネーと同等の力があれば酒呑童子討伐も夢物語には終わらないはず。


「ねぇ晴明。いつこっちに来られ――」


「じゃあ我は小人の精霊に稽古つけてる最中だからまた。何かあったらいつでも連絡してねー」


「ぎゃあああああっス! 助けてくれぇぇぇぇっス!」【プツッ】


 一方的に切られてしまった。

 そして、何やら晴明の後ろで叫んでいる声が聞こえたような。


「本当に大丈夫か、あの陰陽師は……」



 晴明の助言を受け、一抹の不安を抱えながらも一行は作戦を立てた。時間がないため、二手に分かれて行動することに。


 お参りルートはバイケンとクロベエ。晴明の言う酒の入手が目的。

 武器入手ルートはムサネコ、じろきち、ラヴィアン、そしてギル。



「ねぇ、こっちのチームって大丈夫かな。バイケンしかいないのって不安なんだけど」


 話し合いで決定した後もクロベエはブーブー文句を言っていた。


「はぁ? 不安なのはこっちだっつーの! 足引っ張ったら置いていくからなチビスケ」


 ブーブー言っているクロベエを素通りしてムサネコがバイケンに近づくと、こそっと耳打ちする。


「バイケン、さっきの話だが、時間がねぇがコイツにアビリティを叩き込んでやってくれ。もしかしたら何とかなるかもしれねぇ。今は猫の手も借りたい状況だからな」


「……クソつまんねぇダジャレはいいとして、できる限りのことはしてみるんだぜぇ」



 食事を終えた一行は、店主に挨拶をして店を後にする。

 周りの店は全て明かりが消えており、この世に自分たちしか存在しないのではないかと言うほどの夜の静寂しじまに包まれていた。



「じゃあ、俺たちは行くよ。24時間後に一条戻橋いちじょうもどりばしでまた会おう」


「あぁ、気を付けるんだぜぇオメーら」


「うん、キミたちもね」



 こうして、ギルたちは二手に分かれてそれぞれの目的地へと向かって歩き始めた。

 ラヴィアンの呪印発動までのタイムリミットが刻々と近づいてくる気配を感じながら。

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