第86話 敗北の跡
「お嬢! しっかりしろッ!」
周囲の建物が崩壊した瓦礫を避け、むき出しになった地面にラヴィアンとギルは横たわっていた。
「全然目を覚まさないのじゃ。こりゃあどうしたもんかのぉ」
じろきちがぼやく。真っ先にラヴィアンとギルの元へと駆けつけて回復魔法で治療を続けているが、何の反応もないままだ。
「じろきちよぉ、まさかとは思うがコイツら二人とも……」
「落ち着けイタチ」
「覚え方が雑ッ! オイラはカマイタチのバイケンだってーの!」
「うむ、そうであったな。とにかく落ち着けバイケン。こやつらは無事じゃ。今のところはな」
それは何とも含みのある言い方だった。たまらずにクロベエが言う。
「ねぇ、今のところはってどういうこと? 嫌な予感しかしないんだけど」
「……まぁ今は命に別状はないということじゃ。しかし、ギルの方は直接的なダメージがかなり大きい。お嬢の方は脈も正常。だが、こちらは呪印の消し方がわからぬ。やはり酒呑童子を討伐するしか手はないのか」
「そんな……」
その後もしばらく、じろきちによって懸命の回復が続けられた。先に目を覚ましたのはラヴィアンだった。
「う……うぅ」
「ラヴィ、大丈夫!? しっかりして!」
「……クロベエ? ……皆さん?」
「よかった、ちゃんと話せる。ここがどこかわかる?」
「……わかります。平安京の朱雀大路。鬼は……?」
「鬼は去っていったよ。でも……」
クロベエはラヴィアンの首元を見て言葉を濁した。真っ白な美しい肌に真っ黒な【滅】の文字の呪印が刻まれていたからだ。
クロベエの視線に気づき、ラヴィアンは首元に手を当てる。一瞬沈んだ表情を浮かべたが、すぐに隣でぐったりと横になっているギルに気づき声を上げた。
「ギル!? ねぇ、ギルはどうなのですか? 無事なのですか?」
「それが、アチシはどうも回復が苦手でのぉ。まだ完全には治療ができておらぬのじゃ」
「わかりました! それなら私が!」
ラヴィアンはギルの頭を自らの膝の上に乗せ、肩から掛けたカバンから小さな瓶を取り出した。
「ねぇ、それは何?」
クロベエが尋ねると、ラヴィアンは自信ありげな表情で答える。
「これはポーションを錠剤型に成型した、私オリジナルの回復薬〈
「……ラヴィ、キミ、ネーミングセンスをどこかに忘れてきたの?」
「ふふっ、いい名前でしょ」
ラヴィアンはギルの状態を一瞬忘れて薬に触れ目がキラキラしていた。クロベエは思った。ラヴィの薬マニアっぷりは危険だと。
「じゃあ飲ませますが、体内に流し込みたいのでお水を用意してもらってもいいですか?」
「あぁ、それなら俺が〈
ムサネコが名乗りを上げるが、その言葉にバイケンが速攻でツっこむ。
「お前はいいよなぁ、そうやって好きな時に瞬間移動ができてよぉ。さっきも酒呑童子から逃げやがったしぃ」
「あれは逃げたんじゃねぇッ! 身体の火を消しに行っただけだろうが!」
「えー? だって、ちょうど酒呑童子が去った後に戻ってきたじゃねぇかぁ。そんなことあるぅ?」
「はぁ? あるに決まってんだろ、バカか! とにかく水汲んでくるから待ってろ!」【ブンッ】
ムサネコは〈
そして、1分も経たないうちに戻ってきた。もちろん、バイケンがまたも速攻で絡む。
「オメー、すぐに戻ってこれるんじゃねぇかぁ。やっぱりさっきのは酒呑童子から逃げ――」
「あー、うるせぇッ! お前はどいてろ! 身体が長くて邪魔なんだよ」
「はぁ? お前なんて縦にも横にもデケーじゃねぇかぁ! 邪魔って言うならお前の方が――」
「二人ともうるさいッ! ギルがどんどん弱っていくでしょーが!」
ラヴィアンに怒られた。ムサネコは苦虫をかみつぶしたような顔でラヴィアンに水の入った容器を渡す。ラヴィアンはそれを受け取ると地面に置いてギルの口を指で開いた。
「ギル、これで楽になりますよ。さぁ飲んで」
口の中に〈
「ギル? 聞こえますか?」
ラヴィアンはギルの頬をペチペチと叩く。だが、起きない。
ラヴィアンはギルの肩を強くゆする。だが、起きない。
ラヴィアンは立ち上がると地面に寝ころんでいるギルの顔をビンタで激しく振り抜く。だが、起きな――
「いってーよ! さすがに起きるわ!」
「ギル!」
ギルはようやく目を覚ました。口元からは血を流していたが、これは鬼にやられたものではなく、鬼のようなビンタによる出血であることについては誰も触れなかった。
口元を拭いながらギルは上半身を起こした。
「いてて。ラヴィ、キミが助けてくれたのかい?」
「ううん、私は薬を飲ませただけ。助けてくれたのは、じろきちやみんなだよ」
「そっか……みんな助かったよ。ありがとう……。それにしても……強かったな、鬼。特にあの宙に浮かんでいたヤツ。アイツはいったい何者だったんだろう」
ギルはうつむいて悔しさをにじませた。ヘイデンとの体術修行で積み上げた自信が粉々に打ち砕かれていたからだ。
「ふん、あれが酒呑童子だ。ギル、テメェにはきつい説教をしてやるつもりだったが、どうやらその必要なないらしいな」
「ムサネコさん……俺……」
「もういい。だが、これでわかっただろ? 戦いを舐めているとどんなひでぇ目に遭うかってことをよ」
「……そうだね。一番怖いのは油断かもしれないね」
そう言って、ギルは薄っすらとほほ笑んだ。一行の誰もが緊張感がほぐれていくのを感じた。それまで黙って見ていたじろきちがギルの前に宙に浮いたままふらっと移動してくる。
「さーさ、のんびりしているヒマはないんじゃないかの。ギルの傷が治ったのなら、次はお嬢を何とかしないとの」
「え? ラヴィ? ラヴィがどうかしたの?」
ギルの間の抜けた問いかけに、ここぞとばかりにクロベエがぶっこんだ。
「……ラヴィはギルを守ろうとして、あの酒呑童子って鬼の呪印を身体に刻まれちゃったんだよ! どうしてくれんのさ! ギル、キミは女の子を傷モノにしてただで済むと思ってないだろうね!」
(ガーーーン!)
「え? そ、そんな……ウソでしょ」
ギルが隣のラヴィアンを見ると、シクシク泣いていた。
「うっうっ……それは仕方ないのです。ギルのせいではないのですから」
「うぅ……わかった! 俺が責任を取る!」
「へ?」
「あの、酒呑童子って鬼を倒して、ラヴィの呪印を必ず解いてみせる!」
(……いや、ギルよ。ここはそういう流れじゃないだろ)と誰もが思ったが、変にけしかけるのはむしろラヴィアンにも悪いかもしれないと思って口を出す者はいなかった。変な空気にはなったけれど。
微妙な空気を断ち切るかのように、じろきちが口を開く。
「ほれ、ギルも元気になったのなら立ち上がるのじゃ。とりあえず先を急ぐぞ」
「よーし、行こう! 酒呑童子、次は絶対に倒す!」
「違う違う。次に行くのは『
「えー、ホントにそんなお参りなんてしているヒマはあるの?」
「……ふっ、こういう時は年配者の言うことを聞くもんじゃて」
「え、今なんて?」
「何でもないのじゃ。ほら、皆の者もすぐに出立じゃ」
それは、敗北からの
一行は、悔しさを噛み締めながら次の目的地、
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