第85話 宣戦布告
誰もが言葉を失い、まるで動きを封じされているかのようであった。
ギルは突き破られた箇所に手を当て、回復を施そうとするがあまりの激痛のため意識が混濁。
「ごはぁっ!」
口からも大量の血を吐き出す。そのうち身体がガタガタと震えてきて、寒気が襲ってきた。もはや思考に意識を傾けられない状態。
そんなギルには見向きもせず、酒呑童子はムサネコに空から言葉を投げかける。
「頼光よ。この場で降伏すれば貴様の命だけは見逃してやっても構わぬぞ。ヒューマンどもに顔の利く貴様だ、少しは利用価値がありそうだ」
「ケッ、俺が『じゃあお願いします』とでも言うと思ってんのか? 見くびるんじゃねぇよ。テメーこそ、ビビってんならそのまま飛んで逃げ帰んな」
「……愚かなヤツよ」
酒呑童子は静かに怒りを内に溜め込むと、それを一気に解き放った。
その”気”だけで、辺りの建物は破壊され、一行は大きく吹き飛ばされる。ムサネコとバイケンを除いて。
「ムサシ! 乗れッ!」
バイケンが建物の破片が飛び交う中でムサネコの元へとやってきて、背中に乗るように促す。
「バイケンお前、MPが切れたんじゃなかったのか?」
「黙ってろ、聞こえちまうだろぉ。ちょっと飛ぶくらいのMPなら溜まった。だから一撃で奴を仕留めろ」
「短期決戦ってか。上等!」
すぐにムサネコはバイケンの背に飛び乗り、二人は酒呑童子に一直線に向かって行く。が、周囲は強力な瘴気が充満していて、近づこうとするだけで闇の力に取り込まれそうになる。
「どうするよぉ、ムサシ?」
「……俺がヤツの首を落とす。お前は酒呑童子の意識を引き付けてくれ」
「別行動かぁ? だってお前空飛べねぇだろぉ?」
「飛べねぇけど、空間転移はできる。今から酒呑童子の真上に転移するから、俺が上空から斬りつけるまでの間、ヤツの気を逸らしてくれってことだ」
「そういうことかぁ。わかったぜぇ」
「じゃあ行くぜ! 時空間魔法〈
ムサネコは【ブンッ】と音を残してバイケンの背中から消えた。バイケンはすぐに作戦通りに酒呑童子の視界に飛んで行き自らの姿を映す。
「おい、テメーの相手はオイラだぜぇ! サシで勝負しやがれぇ!」
バイケンは鎌を光らせ酒呑童子を挑発する。
しかし、酒呑童子の眼はバイケンの方を向いてはいない。
「てめっ、どこ見てやがる!?」
「黙れ、雑魚が」
酒呑童子がバイケンの方を向き、目線をくいッと上げただけでバイケンは身体の自由を奪われ、大きく飛ばされた。
「うぉぉおおおっ!」
次の瞬間、上空に空間転移していたムサネコの奇襲。魔力を宿らせた巨大な爪を酒呑童子に振り下ろす。
「浅はかなり」
酒呑童子は上を向き、ムサネコの姿を捉える。いや、捉えられない。
ムサネコは再度、〈
「ここだぜ、クソ野郎!」
酒呑童子の首元へ瞬間移動。渾身の一撃をその首目がけて振りかざす《フルスイング》。
「だから浅はかだと言っている!」
「なっ!?」
酒呑童子は翼を一度はためかせると、身体ごとその場から消えたと錯覚するほどの速さで移動。ムサネコと距離を取り、視界に捉えると、腕を伸ばし狙いをつける。
「神通力〈
すると、ムサネコの身体が突然発火した。ボッと音を立て、あっという間に全身が炎に包まれる。
「ぐぅぉぉぉあああああ!」
「ムサシぃーーー!」
ムサネコはそのまま力なく落ちていき、地面に激突。炎に包まれたままフラフラと立ち上がる。バイケンはすぐに駆けつけ声を掛ける。
「おい、大丈夫かムサシ? しっかりしろぉ!」
「……野郎……俺の弱点耐性をついてきやがった。すまねぇがこれだけの強力な炎だとすぐに消火しないとさすがにヤベェ……一旦この場を離れるぜ。〈
ムサネコはその場から一瞬で姿を消した。
「おいおい、大将がいなくなってどうすんだよぉ。ヤベーのはこっちだってのぉ」
バイケンの見上げた先には酒呑童子が愉快そうに高笑っていた。
「敵前逃亡か。噂に聞こえた源頼光がこの程度だったとはな。喜べ。貴様らのような愚図は一瞬で塵としてやろう」
バイケンが覚悟を決めた時、そのすぐ目の前に銀色の狐が現れる。
「じろきち!? お前なんかが来たって無駄死にするだけ――」
「陰陽術〈
じろきちが放った陰陽術は鬼の不得手な臭いを術者と対象に付与すると言うもの。一行全員に臭いをつけた。酒呑童子は術後瞬時に顔をゆがめる。
「ぐぅわぁあああっ! 何だこの強烈な臭いは……息ができぬ……」
「今じゃバイケン! 早く皆を連れてこの場を離れるのじゃ!」
「おぅ、やるじゃねぇかぁじろきち! すぐに全員さらってずらかるぜぇ!」
バイケンは空を駆け、近くにいたクロベエをまず確保。続けてギルに向かって駆けていく。
「貴様ら、
歯ぎしりをして怒りに震える酒呑童子は、その視線の先に腹を押さえてうずくまるギルの姿を捉えた。
「死にぞこないの
酒呑童子の手から放たれた苦しみに歪んだ顔の形をした、真っ黒な瘴気の塊がギルに向かって吸い込まれるように飛んで行く。バイケンたちからはまだ大きく距離があった。
「バイケン急いで! ギルがギルがーーッ!」
バイケンの背中に乗ったクロベエが声を張り上げる。
「ちくしょう……間に合わねぇっ! ギルぅーッ! 避けてくれーッ!」
バイケンの声を虚ろな眼差しのままギルは耳にする。
(何、どうしたの……? 誰が何か言っている……?)
大量出血と大ダメージで、意識を保っているのが精一杯。(もう間に合わない!)誰もがそう思ったその時。
「はぁあああああっ! ギルーーーッ!!」
ラヴィアンがギルの前に盾となり立ちはだかる。
「マジックバリアッ!」
ラヴィアンが防御魔法を発動。光の壁がラヴィアンの目の前に生成された。
「それは無意味だ。小娘」
瘴気の塊、呪印〈
「ひっ! いやぁぁぁああああ!!」
首元でグジュグジュと音を立てながら、瘴気はラヴィアンの体内へ取り込まれていった。身体から力が抜け、ヘナヘナと膝から崩れ落ちる。
「テメェ―ッ! 何だ今のは!? お嬢になにをしやがったぁ!?」
バイケンが酒呑童子に向かって声を荒げる。
「呪印……先ほどそう言ったであろう。余の瘴気に憑りつかれた者は七晩は何事もなく生き続けられるが、八日目となった瞬間に固有アビリティが順に一つ消滅する。また一日後に一つ、また一つ。そして、固有アビリティが全て失われた状態で翌日を迎えると……その者は鬼へと生まれ変わる。じわじわと恐怖が襲ってくる優しい呪いよ」
「何だとぉ……じゃあお嬢は……?」
「フハハ! 持ってあと数日。鬼となればそれまでの記憶を失い、ヒューマンに対する憎しみで破壊行動を繰り返す余の傀儡となろう」
「テメェ―ッ!」
バイケンはクロベエを背中に乗せたまま、酒呑童子に猛スピードで突っ込んでいく。
「おっと、こんな臭いところにはもういられないのでな。小娘を何とかしたければ
そう言うと、酒呑童子は翼をはためかせて一気に上空へと舞い上がり、その姿はすぐに見えなくなった。
「バイケン……」
クロベエが声を掛けても、バイケンはさっきまで酒呑童子の姿があった辺りでふわふわとただ浮いているだけだった。誰も助けることができなかった。後悔しか気持ちの中には存在しない。
その時、ブンッと言う音と共にずぶ濡れのムサネコが宙に現れた。
「おい、バイケン! クロベエ! 酒呑童子はどうした?」
「……遅いよ父上。ギルも……ラヴィも……」
「ちっ! まずは救護が先だ! 〈
ムサネコがギルの元へと瞬間移動で駆けつけた時。ラヴィアンがギルの上に重なるように倒れていた。
そこでは、じろきちが必死で回復を施していた。
周りには鬼の姿はどこにも見当たらない。
前哨戦は完全敗北。
圧倒的な力の差を見せつけられて終わったのだった。
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