第84話 己惚れ
2年の月日を経て成長を遂げたギルたちの前に、Bランクの実力を持つと言われた鬼たちは成す術もなく首を落とされていった。
十八体いた鬼たちも残り八体。
戦況は完全にギルたちの優位で進んでいた。
白いシャツを返り血で真っ赤に染めたギルがムサネコと背中合わせで言葉を交わす。
「ねぇ、思ったより楽勝なんじゃない? 鬼って言うほど大したことないじゃん。正直拍子抜けなんだけど」
「……ギル、お前いつからそんなうぬぼれ野郎になっちまったんだ?」
「え? 何言ってんのさ。ムサネコさんだって見てただろ? 俺が鬼の首を刈るところを」
「ちっ! このクソガキが。テメーは後で説教だかんな! とにかく気を抜かずに全力で残りの鬼の首を刈れ!」
「はぁ? 何なんだよ、何で俺が説教なんて……うわっ!」
鬼がギルたちに向かって突っ込んできた。
鬼が繰り出す連撃をギルは体捌きで交すと、3連続でバック転を決めてから後方に大きく伸身の宙返りをして一瞬で距離を稼ぐ。そのさらに後方ではバイケンが二体の鬼に囲まれていた。
「バイケンっ! 何やってんだ! 早く空へ逃げろ!」
「無茶言うな。もうMPが切れちまったんだぜぇ」
「ったく。わかった、今助ける! 〈
体術スキルを発動すると、ギルはバイケンを囲む鬼に向かって瞬時に距離を詰める。
「うらぁああっ!」
飛び後ろ回し蹴りで二体の鬼の首をほぼ同時にはねた。
……かに思われたが、鬼は予知していたかのように胴体から離れた頭部を上から手で押さえつけて、再び胴体へと連結させた。
「なっ!?」
「ブワハハハハ! 甘い! 甘すぎるぞ小僧!」
鬼は高笑いの後、言葉をつないだ。驚いたギルが額の汗を拭いながら言う。
「お前、言葉を話せるのか?」
「あぁ、話せるとも。何たって、俺は……俺たちは並の鬼とはココもココもレベルが違ぇからよ」
目の前の鬼は自らの頭と心臓を親指で指して鼻息荒く答えた。確かに他の鬼とは
背後に追手の鬼の気配を感じたため、ギルはバイケンを担いで、大通りの端、店の前にジャンプで身をかわす。先ほどの鬼の横には、さらにほぼ同じ大きさの鬼二体が合流。そこにいた計三体の鬼は肌の色も濃く、他の鬼とは明らかに異なる存在感を放っていた。
「俺たちは酒呑童子様が創られた〈導きの国〉の陽動隊を務める、
先ほどギルが話した鬼が中央で声高らかに叫ぶ。続けざまに鬼たちが1体ずつ名乗りを上げる。
「額の左側に
「額の右側に角を持つ俺は〈打ち歩詰め〉。通称ウチフ」
「そして額の中央に角を持つ俺が〈二歩〉。通称ニフだ」
よく見ると三体の鬼たちは他の鬼とは異なる角の色をしていた。それは銅色に鈍く光っている。将鬼三選の名乗りを聞いたギルはつぶやく。
「つーか、それって全部、将棋の反則になっている禁じ手の名前なんじゃ……」
「禁じ手上等! 勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ!」
中央に角を持つ鬼のニフがギルを目がけて特攻を仕掛けてきた。
「お前らはそればっかりだな、こっちはもう見切ってんだよ!」
ギルは背後にあった店の屋根に後方宙返りで飛び乗る。
ニフの体当たりで、店は一撃で瓦解するが、その時すでにギルはさらに大きく距離を取って安全地帯へ避難。
店が音を立てて崩れる中、ギルは視線を細かく動かし周囲の状況に目を配る。視界の中に鬼の姿はない。とその時。
「死ねぇっ!」
真横に突然ニフが現れ、ギルに長く伸びた爪を振り下ろしてきた。ギリギリで交すと、連続バック転ですぐに距離を取る。
正面を向くと、ニフの姿はそこにはない。背後に気配を感じ、とっさに上体を右に交わすが――
「ぐはぁ……っ」
先に背後に回り込んでいたニフの親指の爪が一瞬早くギルの胴を貫いていた。上体を交わしていたので、貫かれたのは指一本だけだが、その太さは成人のヒューマンの腕ほどがあった。
「がっ……はっ……」
呼吸ができず、身体が言うことを聞かない。力が入らず、思わず地面に片膝をついてしまう。これはまずい、やられる……ギルがそう思った時だった。
突如周囲から光が失われていき、辺りは瞬く間に真っ黒な闇に覆われた。ニフをはじめ、その場にいた全ての鬼が
すると、上空から禍々しい翡翠色のオーラをまとった何者かがギルの見上げる先に浮かび上がる。
額の上部から突き出した2本の長い角は金色に鈍く光り、口は耳まで裂けていて、背中からは大きな翼が生えており、肌の色はどす黒く染まっている。鋭く吊り上がった
「ハハハハハハ! 源頼光。そしてその臣下どもよ。見世物としてはまずまずだったぞ。下賤なヒューマンにしてはよくあがいていた」
身の丈二十尺(約6メートル)はあろうかというその大鬼は、腕組みをしながら一行を見下ろす。歪む景色の中、ギルはその姿をぼんやりと視界に映していた。大通りにいたムサネコが空を見上げて声を荒げる。
「姿を現しやがったな、酒呑童子! テメーの首はこの場で叩き落とす!」
呼んだその名は酒呑童子。三大妖怪の一角に数えられる、鬼の総大将。
声を発するだけで辺りの空気が震え、並みのヒューマンであれば、その姿を視界に入れただけで気を失うと言う。
「頼光。貴様、まさかとは思うが、このような
ギルは酒呑童子の圧倒的な存在感を前にして絶望に駆られていた。配下の鬼にさえ歯が立たず、息の根を止められる寸前。力の差は歴然。
詰んでいたのはギルたちの方であったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます