第83話 成長の跡

 晴明と別れてからすでに五日が経っていた。

 

 一行は80km近く離れた住吉明神への参拝を済ませたあと、平安京へ戻る行程にいた。生い茂る竹林の中、長い林道で揉める声がする。



「ねぇ、もう疲れたよ。あーそうだ。バイケンが空を飛んであと2か所のお参りに行ってくればいいんじゃない」



 愚痴をこぼしたのはクロベエ。歩き疲れてヘトヘトの様子だ。



「バカ言ってんじゃねぇぜぇ。なんでオイラ一人で行かなきゃならねぇんだぁ。それなら手分けしていけばいいじゃねぇかぁ」



 バイケンも疲れのせいかイラついている様子。ため息をつきながらムサネコが二人を諭す。



「お前ら神仏をナメてんのか? そんな適当な気持ちでお参りしたって願いを聞き入れてくれる訳がねぇだろが」


「何だよー、父上だってホントは面倒だって思ってんじゃないの?」


「なんだと、この罰当たりのバカ野郎が!」


「ぐひゃー」



 ムサネコのネコパンチでクロベエは遥か彼方へ吹っ飛ばされた。

 どうやらなかなか手厳しい父親のようである。ただし、もう周りには見慣れた光景でもあった。


 一刻2時間を掛けて、一行は林道を抜ける。それからさらに半日を掛けて平安京へと戻ってきた。

 

 平安京のメインストリートである朱雀大路すざくおおじを重い足取りでただ歩き続ける。夜のとばりが下りてきて、急な気温の低下を感じる。



「ようやくだね。あーあ、誰かさんのせいでずっと歩きっぱなしだったよ」


「なんだぁチビスケ? そりゃもしかしてオイラに言ってんのかぁ?」


 バイケンは鎌をキランと光らせた。クロベエは汗をかいてキョロキョロと周りを見渡し、ギルに向かって言う。

 

「ぎ、ギルのせいだからね! か弱いボクをこんなに歩かせて」

 

「……クロベエ、お前そんなキャラでいいのか? ムサネコさんが泣くぞ」


「うるさいやい!」


「あの、そんなことよりも、どうも様子がおかしいのです。あまりにも人の姿が――」



 異変に気付いたラヴィアンからだった。確かに、こんなに大きな通りで、道沿いには茅葺き屋根の店が軒を連ねているにもかかわらず、長く続く通りにはその先まで人の気配を感じない。


 ふわふわと空を浮いていた晴明の式神であるじろきちがその言葉に反応する。



「皆の者、用心するのじゃ。これは出てきそうじゃの」



 すると、言ったそばから向こう正面に十数人の鬼が姿を現す。

 兜や甲冑をまとった兵士の首根っこを引きづっている鬼もいる。

 近づくにつれて血の匂いが濃くなるのを感じた。



「あわわわ」



 クロベエは慌てて近くにいたギルの背後に隠れた。ムサネコは一行の先頭に立って前を向いて言う。



「ちぃっ! 朝廷の正規軍である平安京の守備隊がいとも簡単にやられたってのか。お前ら気を付けろ! ヤツら一体一体がBランク以上のモンスターレベルと見てかかれ!」


「Bランクって確か前に戦ったヨウザがそれくらいだったんじゃ……」



 クロベエが言うと、ギルはすぐに反応した。


 

「全員がヨウザ以上? よぉし、久しぶりの実戦。修練の成果を見せてやる!」



 ギルは手首を回して首を左右にコキコキと鳴らした。



「やってやろうぜ! ムサネコさん! みんな!」


「おぅよ! 行くぜお前ら! 鬼を成敗だぁあああ!」



 ムサネコの号令を合図に、一行は鬼に向かって駆け出した。

 クロベエだけはバイケンの背中に乗っていたのだが。


 一番手はじろきち。空を飛んで一足早く鬼の前。



「しゃーっ! 行くのじゃ、土魔法〈土連撃アースコンボ〉!」



 じろきちが空から放った土魔法は、地面を盛り上げ鬼の足をすくうと、宙に舞った土片が鬼たちに一斉に降り注いだ。



「鬼は土属性には耐性がないからの。どうじゃ!」



 じろきちの見下ろす先で鬼たちの足が止まる。しかし、決定的なダメージは与えていないようだった。



「はぁ? どうしてこの程度しか……。そうか鬼どもめ、倍気丸ばいきがんを飲んでステータスを一時的に上げたということか……」



 そうつぶやいたじろきちを目がけて、鬼の1体が土魔法によって散乱した土の塊をぶんと投げつけた。その速度はあまりにも早く、気づけば目の前に迫っていた。



「ひゃあああああああ!」

「うりゃあっ!」【バコッ】



 じろきちに土の塊がぶつかる寸前に、ギルが大ジャンプからの飛び蹴りで土の塊を砕く。



「大丈夫か、じろきち?」

「おヌシ……助かったのじゃ」



 ギルは着地すると、すぐさま体術を発動させる。



「倍力・紫電しでんッ!」



 ギルの周囲を赤い光がまとうと、ダッシュから宙に舞い上がりくるくると前方宙返りを入れて鬼の頭部に空中で両足から六四連撃を一瞬で叩き込む。呪いのアビリティの影響か、ほとんどが空ぶってしまうものの、八発が直撃した。


 鬼の頭部は見る影もなく、陥没し変形。しかし、それでもなお動きを止めず、二間3.6mはあろうかと言うこん棒を振り回してギルに襲い掛かる。


 ギルは後方に素早く連続でバック転を切り、距離を取る。

 そこにムサネコが駆けつける。



「何やってんだギル! 鬼は首を落とさなきゃ倒せねぇんだぞ」


「え? そうなの?」


「お前、俺が一条邸で鬼を倒すところを見てただろ。あぁやってやるんだよ」


「そうか、やってみる」



 ギルは右手で赤い首飾りに触れ「バルトサール!」と声に出す。暗黒属性への切り替えが完了。右手は赤黒い光に包まれて、みるみるうちに巨大化。ギルの攻撃の主力、右腕の魔人化デモンズライトである。


 先ほどギルが打撃を叩き込んだ鬼が上段から樫のこん棒を振り下ろしてきた。

 ギルはそれを右手一本で受け止めると、そのまま掴んで粉砕する。



「グガッ!?」



 鬼は明らかに動揺している。ギルはその隙を逃さない。

 体勢を低くしたまま回転下段足払いで足をすくい鬼を仰向けに倒すと、すぐに馬乗り状態マウントポジションを取って、右手を振り上げる。



「悪く思うなよ。これは生き死にの戦いなんだ」



 そう言って、魔人の右腕デモンズライトで鬼の首を手刀で落とした。

 鬼の返り血を浴びたギルを見て他の鬼と戦闘中のバイケンが思わず漏らす。



「あれがギルだと……2年前とはまるで別人じゃねぇかぁ」



 舞う風が周囲に鬼の血の匂いを散らしていく。

 戦いはまだ始まったばかり。

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