第81話 運命に抗う者
気づけば晴明の無駄に派手な登場でびしょ濡れになったギルたちの衣服もすっかり乾いていた。
火の玉と風魔法のコンビネーション。意外と理に適っていたようである。
「俺たちの未来だと?」
晴明の言葉にムサネコが反応する。晴明は扇であおぎながら口を開く。
「そうだよ。だってだって、ムサシくんもわかってるんでしょ。酒呑童子の討伐に失敗したらここにいる全員がお終いだってさ」
「……」
ムサネコは口をつぐむ。バイケンもだ。
だが……
「聞いてないっスよぉぉぉぉ!」
「そうだそうだ! ボクたちを元の世界へ返せー」
パウルとクロベエは手足をバタつかせて猛反発。特にパウルはすでに泣いている。でも、クロベエはここに来る前にカッコいいセリフを吐いていなかったっけ?
「む? なーにそなたらは?」
「アッシらは被害者なんスよ! こんなことになるって知ってたら絶対についてきたりはしなかったっス!」
「てんめぇ……勝手についてきやがったくせにぃ……よくもそんなふざけたことが言えたもんだぜぇぇぇ」
パウルは晴明に向かって必死に訴えていたが、バイケンはその背後でこめかみに青筋を立てまくって今にも殴りかかりそうな表情を浮かべていた。
「きゃー! 助けてくださいっス。クロベエの兄貴!」
パウルはクロベエの陰に隠れた。
それを見て晴明が扇で宙に線を描くとパウルに言う。
「今大事な話をしてるんだから、そなたはちょっと黙っててね」
晴明が閉じたままの扇をパウルに向けて一振りすると、パウルは固まって動けなくなった。もちろん口も動かない。
「ん~~~!!」
「他の者も、我の話の腰を折ろうとしたら黙っててもらうからねっ」
あ……これはダメなやつだ。圧倒的すぎる。ちゃんと話を聞いた方がよさそうだ。
「あのさ、晴明さん」
「晴明でいいよ」
「じゃあ晴明」
「なんだい、
「童じゃなくて、俺の名はギルガメス・オルティア。ギルだよ」
「ギル……そうか、そなたはギルって言うんだ。良い名だね。ん? あれ……何だろ、ん~と……その名前ってどこかで……」
ここへきて初めて見せる晴明の表情。何かを思い出そうとしているように見えた。
「あー、ダメだ。どうしても思い出せない。まぁいいや。じゃあギルの質問を聞くよ。何だい?」
「あ、それはもちろん『全員がお終い』って言ってたことだよ。具体的にどういうこと?」
「ムサシくんがちゃんと言ってなかったのか。心配かけたくなかったってところだろうけど、こういうのはちゃんと先に言わないと」
晴明の言葉に場が静まり返る。その後の言葉を待った。
「酒呑童子を倒せなかったら、この国はお終い。鬼に支配されて東の国の人間は亡びる。そして、鬼によって他国への侵攻も始まるだろうね。そうなったら未曽有の戦乱の世が待っている。
ムサシくんはね、神にその責任を1人で負わされているんだよ。だから、討伐できればムサシくんの願いは神に叶えてもらえるけど、倒せなかったら鬼に殺されるか、運よく殺されなかったとしてもムサシくんの輪廻はこの時代で終了。
死んだらおそらく魂の審判にかけられて地獄行き。二度と現世に蘇ることはできない」
「そんな……無茶苦茶じゃないか。神ってそんなに慈悲もない存在なの?」
ギルが絞り出した言葉に晴明は初めて悲しげな表情を浮かべた。
「神……ってさ、そなたが思っているほど善良な存在ばかりじゃないんだよ。中には邪神と呼ばれる存在だっているんだ。あっちはあっちでバチバチにやりあってるみたいで、我らもそれに利用されている節がある。でも、ムサシくんは己の運命に抗って、神にも真っ向から立ち向かって何とかあと一歩って言うこの状況まで持って来たんだ。そなたらのいる場所へ戻りたい一心でね」
「……」
「それに、『元の世界へ転生させてくれ』って願いはそれだけの代償を伴うものだとも言えるんだよ。何の犠牲も払わずに己の願いだけ叶えてくれなんて神には通らない。だから、神はムサシくんに与えたんだ。試練をね」
「神の……試練?」
ギルの言葉に晴明がうなづく。月夜に照らされた植栽が風で揺らめいていた。
「そう。だからこそ、ムサシくんは命を預けられるバイケンくんに助けを求めた。そして、バイケンくんによってこの世界に連れて来られたのがそなたらと言う訳だよ。まさに一蓮托生だね。それとも、そなたはムサシくんのために命を賭けることは惜しいと思っているのかい?」
少し意地悪そうに晴明が尋ねた。ギルの答えは決まっている。
「……見損なうなって。惜しい訳がないじゃないか。元々俺はムサネコさんに命を救われたから今こうしてここにいられているんだ」
ギルの言葉を聞いた晴明は、さっきまでの落ち着いた声の調子からすっかり元に戻っていた。
「よかったぁ。じゃあ決まりだね。酒呑童子の討伐に失敗したらそなたらは元の世界へは二度と戻れずに野垂れ死ぬのを待つだけのボロ雑巾みたいなどうしようもない人生。転生者のムサシくんとバイケンくんはまだ罪人扱いだから確実に地獄行き。でも、倒せばいいだけだよ。頑張れっ」
「へ?」
ギルの決意とは裏腹に晴明の口調が何と軽いことか。
その場にいた全員の身体から力が抜けそうになる中、晴明だけがにこやかな笑顔を浮かべていた。
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