第80話 安倍晴明

 神泉苑しんせんえん東寺真言宗とうじしんごんしゅうの寺院である。


 桓武天皇かんむてんのうにより造営されたが、以前雅宴がえんが催されてからは、天皇や廷臣ていしん宴遊えんゆうの場となっていた。


 しかし、少し前から天皇も延臣も近寄らなくなったという。理由は定かではない。



 一条邸から距離にしておよそ3km。平安京はマス目状に通路が張り巡らされているため、目的地まで迷うことなく向かえるのだと言う。

  

 一行は四半刻30分ほどで到着。その場所に足を踏み入れる。辺りは陽が落ち暗くなり始めていた。

 

 

 一条邸と比べると庭園に植えられた植栽が多く、池が占める面積も広いため、拓けた場所は少ない。


 元が寺院のため、園内には多くの伽藍がらんと呼ばれる建物が存在している。大きさも大小さまざまで、身を隠す場所には困らない。なぜかそんな印象を受ける。



「うわ……凄い綺麗な場所だね。池の周りを植栽が囲んでいて、その中に建物が点在するような設計なのかな。何か別世界みたいだ」


「まぁ、この場所は元は桓武天皇が造らせた場所だからな。金もかかっているし、もちろん造った技術者もこの時代の超一流どころで揃えているらしい」



 ギルたちは、背の高い植栽の中の細い道を歩いていく。

 秋の黄昏時たそがれどきは肌寒く、時おり冷たい風が樹木の葉を揺らした。


 細い道を抜けると、一気に拓けた場所に出た。

 池に架かる幅広の短い橋の向こうに、屋根が建物に対してやたらと大きく見える特徴的な建造物が見える。


「さてと……アイツはどこにいやがるんだ?」


 ムサネコは辺りを見回す。その呼びかけに応じるかのようにふわっと風が吹いた。


「ったく、いるのは分かってんだよ。とっとと出てこい」


 ムサネコが呆れたように口にすると、一行の上空が急に明るくなった。ギルが空を見上げると夕闇の空には異常な数の流れ星が。あまりにも明るくて目を開いていられない。


 ギルは薄目を開けて手で光を遮る。思わず声が漏れる。


「え、え? なにこれ?」


 流星はどんどん増えていき、心なしか近づいてくるように思える。その時。



「うわぁぁぁぁぁぁぁ! そこそこ! 危ないよー、どいてどいて!」

「なにににぃぃぃぃぃ! 逃げろーっ!」



 流れ星と共に少女が空から落ちてきて、庭園の池にそのまま不時着。

(ズドォォォンッ!)と言う強烈な音と共に辺り一面に(ザッバァァーー!)と音を立てて水が舞った。


 ギルたちはもちろんずぶ濡れ。突然の出来事に一行は言葉を失う。



「あー怖かったぁ。突然制御ができなくなっちゃうんだもんな、ヘヘ」


 池の水は半分以下の水量になってしまったように見える。そして池の中には少女の姿。ひざ下の水位となった池に衣服からぼたぼたと水がしたたり落ちている。



「おいコラ、晴明! テメーはまたカッコつけて登場しようとしやがって――」


 ムサネコが少女に向かって声を荒げた。が、少女はムサネコの言葉を気にする素振りも見せずに、手に持った扇で宙に線を描きながら聞きなれない言葉を口にした。



りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん ハッ!」


 少女が言葉を締めると同時に周囲にボゥと火の玉が出現し、風がギルたちの周りをくるくると舞い始める。相変わらずギルたちは何が起きているのか分からずにポカンと口を開けて立ち尽くす。



「ったくよ、ずぶ濡れの俺たちを魔法で乾かそうとしてるんだろうけど、フォローになってねぇっての。何でお前は普通に出てこれねぇんだか……」


 ムサネコが愚痴り始めると、少女は目を輝かせて言い返す。



「いやいや、何を言っちゃってるのムサシくん! 我のような天才陰陽師が普通の登場で良いワケがないでしょ。でもいきなりの流星群はちょっと難しかったかぁ」


 ギルと同じような色をした銀髪をお団子に結んで、ギルと同じような深紅の双眸そうぼうはパチリと大きく目じりが下がった柔らかい印象。目鼻立ちは整っているがあどけなさをまだ残したままの美しい少女。


 ぶかぶかの袴姿で真っ赤な扇を手に持ちパタパタとあおいでいる。一体何者なんだろう?



「お前ら、コイツがさっき話した安倍晴明あべのせいめいだ」


「どぉもー。安倍晴明ですッ」


 う~む、ツッコミどころが多すぎる。何から聞いたらいいのか。

 ギルが思案に暮れていると、晴明が扇でギルをピシっと指した。



「ねぇ、そこのわらし


「え? 俺?」


「うん、そなたは何だか禍々しい妖気をまとってるね。でも、清らかな気も感じるし。我が今までに会ったことがないタイプのヒューマンなんだなぁ。そなた一体何者?」


「あぁ、俺は……」


 ギルは晴明に呪いのアビリティのこと、生まれた時から両親がいなくて施設で育ったこと、そこでムサネコに会って命を救われたことなど、聞かれたことに次々と答えていった。



「ふぅん、そっか。わらしのくせに結構苦労してんじゃんね」


 晴明がまるで子供を励ますような口調で言う。ギルは思わず口にする。



「ちょっと、さっきから俺のことを子ども扱いしているけど、キミだって俺と大して変わらない歳じゃないの?」


「我? 我の歳は10だけど」


「じゃあ俺と1つしか違わないじゃないか」


「んー、それはまぁそうなんだけどさ。人には言えない秘密ってのがあるじゃない」


「なんだよそれ。全然話が噛み合ってないじゃん」


「まぁいーじゃん、へへっ」


 そう言って晴明は笑った。何だかまた変わった人が出てきたなとギルは思う。

 そばにいたムサネコが少しいらだった様子で口を挟む。



「おい晴明。つーか、急ぎの用があるって言うから俺たちわざわざ来てやったんだぞ。早く用件を言えっての」


「もうー、ムサシくんのせっかち」


「つーか、お前といると調子が狂うんだよ。早くしろ、大事な話なんだろ?」


「……まぁそうだね、この国の未来を左右する。そして我とそなたらの未来にも関わる話だよ」


 晴明が呼び出した火の玉に囲まれる中、ギルは周囲の空気が変わる音を感じていた。

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