第79話 猫のムサシ
一条邸。それは平安京エリアにある
広大な庭園は色付いた木々に囲まれ、庭師によって丁寧に手入れされた植栽、大きな池にかけられた赤い橋。別の一角に敷き詰められた白石の石畳の上には大きな石がセンス良く配置されており、庭のどこを見渡しても格式の高さを感じられた。
その中に、異形の姿。
青い肌をした3m級の体躯の鬼がその中に存在している。
『グゥァアアアア!』
青鬼が喰いちぎった従者の手足をムサネコに向かって投げつけた。しかし、ぶつかる寸前にその場からムサネコの姿は消える。
青鬼が周囲をキョロキョロと向いていると、頭上からムサネコが爪を振り下ろす。
頭部を捉えたかに思われたが、謎の力に弾かれてムサネコは再び宙に放り出された。
「ちぃっ! こんな奴にもご丁寧に結界が張られてやがんのか」
『ギッガァァオオッ!』
青鬼の連撃。人の動きを遥かに凌駕する秒間数十発の高速の連打をムサネコに浴びせる。それをムサネコは全て見切り、体捌きだけで空を切らした。
突然始まった戦いに釘付けとなっていたギルの横にバイケンがやってきた。
「あの野郎……。オイラたちのいた時代とは別人みたいな動きをしてやがる。一体この時代で何者になりやがったぁ……?」
「何者って?」
「……この時代に転生して、別の何か……つまり、別の妖怪になったんじゃねぇかってことだ」
青鬼は決して弱くない。少なくとも、以前ギルが戦った大ガエルのヨウザ以上の強さはあるように見える。しかし、ムサネコは全く寄せ付けない。丁寧に結界を解除しながら、青鬼との距離を測っていく。
「おぅらぁっ!」
ムサネコの両足での蹴り上げからの右ストレートネコパンチの
『イギィグゥァァ……』
青鬼はブルブルと震えながら膝に手を当てて無理やり立ち上がった。だが、足元がおぼつかずKO寸前の様子。
「強い強い! さすがムサネコさんだ!」
ギルがその場で飛び跳ねて歓声を上げると、横にいたバイケンが冷静な口調で言う。
「いや……あの鬼、まだやる気だぜ」
青鬼は腰の布袋を逆さにして、中に入っていた黒い丸薬を全て取り出すと、一気に口の中へと放り込んだ。
すると、その身体はミシミシと音を立てて筋肉が膨張し、あらゆる皮膚に血管が浮かび上がる。それまで白かった結膜は血の滲んだような赤へと変わり、黒かった角膜は黄色に怪しく光っていた。
「あれは能力を一時的に上げるマジックアイテムです! それを一度にあんなに大量に飲むなんて……ムサネコさん、気を付けて!」
ラヴィアンがムサネコに向かって声を上げる。ムサネコは一瞬笑顔を見せるが、青鬼はその瞬間を見逃さない。
『シュンシュンシュンシュン!』
青鬼が声を上げながらその場で手刀を上下に振るだけで、そこから真空波が巻き起こる。ムサネコは両前足を突き出し、正面に魔法の盾を作って防御するが、四方八方に散った真空波が背後からも襲い掛かり、ムサネコの頬を切り裂いた。出血が頬を拭い、前足でそれを拭う。血がべたりとついた前足を見つめるとペロリと舐めた。
「くはっ、いってぇじゃねーか……」
『グゥアハハハハ!』
余韻に浸る間もなく、青鬼はムサネコ目がけて走り込んでくると、強烈な拳の一撃を叩き込んだ。ムサネコはガッチリと防御するが、ガードした両前足は衝撃を受け止めきれずビリビリと音を立てて麻痺してしまう。後方に大きく飛ばされたムサネコは何とか後ろ足で踏みとどまり、両前足の間から青鬼を睨みつけていた。
「ムサネコさんッ!」
ギルが叫ぶと、ムサネコは前足を振って無事をアピールする。
「うるせぇぞ。お前は黙って見とけ。これからちょっとだけ本気出すからよ」
そう言うと、ムサネコは右前足の肉球を額に当てて、「ガァッ!」と声を上げた。
すると、ムサネコの額から青い光が溢れ、そこからゆっくりともう一つの目が出現した。
「うわぁ……バイケン、アレは何?」
「はぁ? オイラだってわかんねぇっての」
ムサネコの真っ白な身体は青い光に覆われると、ミシッと音を立てて一回り大きくなる。3つの目を爛々と光らせながら、ムサネコは青鬼に向かってくいくいッと手招きをした。
「かかってこい、クソ鬼」
『ウギャギャァァァァッ』
青鬼はムサネコに向かって猛ダッシュで迫る。ムサネコは二本足で立つと、正中線を守るように後ろ足を引いて斜に構えた。
「
青鬼の上段への攻撃を体捌きで交すと、ほぼ同タイミングで顔面に拳を叩き込む。その衝撃で後方にたたらを踏んだ青鬼が顔を上げた瞬間、目の前にはムサネコ。
『ムガァッ!』
慌てて顔面へ手刀を振り下ろすが、ムサネコは両前足でがっちり受け止めた刹那、次の瞬間には青鬼の首だけが宙を飛んでいた。
「裏、
ムサネコは技名を口にすると、ほぼ同時に宙を飛ぶ青鬼の首を3つ目の瞳から放った青い光で捉えた。
青鬼の首は光に包まれると、光の粒子となり宙に溶けていく。首から血を流してうつ伏せに倒れていた青鬼の身体も同様に光となって溶けていった。
あまりの唐突な決着にギルは口を開けながら呆然と立ちすくんでいた。バイケンは頬の傷を前足で拭っているムサネコに近づくと声を掛ける。
「おいムサシ。今のは何だぁ? 特にその目ん玉。お前、猫又……じゃねぇよなぁ?」
「あん? そんなもん俺にもわかんねぇよ。どっかに【クラス】でも見てくれる占い師でもいりゃあわかるんじゃねぇか」
「どこにいんだよ、そんなヤツぁ……」
戦いはムサネコの圧勝に見えた。第三の目、鬼を浄化したように見えた青い光。ギルの中で謎ばかりに思えた状況だったが、他のメンバーは気にも留めない様子でムサネコを囲んでいた。
「頼光さま、頼光さまーっ!」
すると、屋敷の中から従者の少年がこちらに向かって走ってきた。息を切らせてムサネコの前に立ち止まる。
「ん? 慌ててどうした?」
ムサネコが尋ねると、少年は顔を上げ口を開く。
「
「んだと、晴明が? で、アイツはどこに?」
「は、
「ふん、てめぇのお膝元か。まぁいいだろ。よしお前ら、今から移動だ。すぐに出るぞ」
ムサネコは周りに声を掛けた後でギルを見た。その顔からは3つ目の瞳は無くなっていた。
「あぁ……行こう。どこへだって」
ギルはムサネコに駆け寄った。
酒呑童子の首を狩りに行く旅の始まり。
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