第77話 神の出した条件

 平安京。今いるエリアはそう言う名称らしい。

 

 そして、この広大な庭園の敷地内全てが一条邸と言うムサネコさんの住む住居。庭の中に池があって、そこに橋とか架かっているし、なんか凄いところにお世話になっているなムサネコさん。


 って、そんな呑気なことを考えている場合じゃない。酒呑童子がムサネコさんの子供? どれだけ考えても意味が分からないんだけど。


 何を聞いていいのかわからずに誰も口を開かずにいた中、ラヴィアンが痺れを切らして尋ねた。



「あの……前世の子供って一体どういうことですか?」



 ムサネコはラヴィアンの表情を黙って見つめる。


 

「意味はそのまんまだ。どうやら俺の知らねぇところでとんでもねぇガキが生まれていたらしい」


「おいコラ、ムサシよぉ! テメェはどこの時代でも種付けまくってんじゃねぇんだぜぇ!」



 黙って聞いていたバイケンが青筋を立てて大声で文句を言う。



「はぁ? 俺じゃねぇし! いや、まぁ俺なんだけど、俺はその時はんだからどうしようもねぇだろうが!」


 二人は「ぬぬぬ」と言いながら睨み合っている。その様子を見ていたパウルが口を開いた。


「ってことは、クロベエの兄貴の兄弟ってことっスね。その酒呑童子って鬼の化け物」


「へ?」



(コイツ、あっさり地雷を踏みやがった!)と誰もが思った。クロベエは青ざめたような表情を浮かべてわなわなと震え出した。



「父上……父上は母上を裏切ったんだね……」


「はぁ? お前まで何をバカなことを……」


「言い訳とは男として見苦しいぞぉ父上!」


「いや、別に言い訳なんてしてな……」


「問答無用ーっ! この浮気者がぁ!」



 クロベエはムサネコに爪を立てて襲い掛かるがあっさりとネコパンチのカウンターを喰らって撃退されて豪快に吹っ飛んだ。



「うぅぅ……ひどいよ……父上。浮気者の分際で……」


「だから話を聞けっての! いいか、前世の俺っつっても、俺の意思はその時はその個体の中にはいなかったんだよ。だから全く記憶がねぇんだって」


「この期に及んでまだそんなことを……記憶にないとかって男として最低だ……」



 微妙な空気の中、クロベエのシクシク泣く声だけが耳に届く。ムサネコはハァとため息をつくと、顔を上げて言う。



「……神に言われたんだよ」


「神?」



 ギルが首をかしげて問い直すとムサネコは続けた。



「あぁ、お前とあの金髪の嬢ちゃんをかばって死んじまった後、俺は神に呼び出されてな。すぐにお前のいる元の世界に戻して欲しいって頼んだんだが、どうやら俺のごうは深いらしくてよ。条件を出されたんだわ」


「条件って言うのはまさか……」


「そう、酒呑童子の討伐だ。俺が昔閉じ込められていた個体から生まれたのが酒呑童子らしくてよ。今、この都では貴族の姫君を中心に若い女が次々と神隠しに遭ってるって話で持ちきりなんだが、どうやら酒呑童子がさらっては若い女を喰らっているらしくてな」



 にわかには信じがたい話。でも、ムサネコの表情は真剣そのもの。誰も言葉を発することができないまま次の言葉を待つ。


「……俺の知らねぇところで生まれたとは言え、神に言わせると凶悪な血筋を生み出してしまった責任が俺にはあるらしい。で、その責任を取ってこい。そうすればお前の願いも叶えてやる……だとよ」



 ムサネコの説明を一通り聞くと、ギルが口を開いた。


 

「何だか現実に起こっているとは思えない話だね。確認だけど、酒呑童子を倒したら本当にムサネコさんは俺たちのいる世界に戻れるの?」


「あぁ、それは大丈夫だろう。神はそもそも嘘がつけないからな」


「そっか……なら俺は協力するよ。元はムサネコさんに救われた命だからね」


「あれぇ、さっきはビビってやめようとしてなかったっけ?」



 ギルがカッコよく言ったと思ったら、クロベエがすかさず意地悪そうな顔で茶々を入れてきた。



「してないよ! そう言うクロベエこそずっとビビってたじゃないか」


「なにをー! ビビっているもんか」



 ギルとクロベエのいつもの小競り合いが始まる。二人を完全に無視して通り過ぎ、ラヴィアンはムサネコの前まで行くと立ち止まった。



「ムサネコさん、1つ教えてください。さっきから、近くを通る人々があなたを見る度に立ち止まり深々と挨拶をして行きますが、一体どういうことです? あなたはこの世界で何者として生きているのですが?」



 ムサネコはラヴィアンを一瞥すると、感心したような語調で答える。



「ふん……ここでの俺か? ここでの俺は〈源頼光みなもとのよりみつ〉と言う。これでも結構名の知れた武将で通っているんだぜ」


「源頼光? 武将? あれ、でも変ですね。武将と言うのは東の国のこの時代においては、人型の集団における特別な存在に対して使われる言葉ですよね。あなたはどう見ても大きな猫じゃないですか」



 ガハハとムサネコは笑った。また近くを通る人が深々とおじきをしたので、ムサネコは手を振って応えた。



「俺が猫に見えているのはお前らだけだ。他の連中からは俺は普通のヒューマンに見えてるぜ」


「え? それはおかしいです。だって、どう見ても――」


「それを他で言うのはやめておけ。この世界でおかしいのは完全にお嬢だし、下手したら捕まって牢獄に入れられちまうかもしれねぇぞ」


「どういうことです?」


「まぁ、神のお膳立てってヤツだろうな。ちなみに俺だけじゃなくて、お前らも他のヒューマンたちからは別の姿で見えているはずだ。〈時の神クロノス〉と〈絶好機カイロス〉が繋がって呼び出されたってことは、当然神の加護を受けているはずだからな」



 めちゃくちゃな話だと思った。けど、周りの人の対応を見ていると、ムサネコの言うことが正しいように思えてくる。ギルはクロベエとの小競り合いを一旦止めると、ムサネコに尋ねる。


 

「ねぇ。あのさ、俺たちってここでは一体どんな人に見えているの?」


「お前らか? お前らは通称〈頼光四天王よりみつしてんのう〉として見えていると思うぜ」


「?? 頼光四天王……って?」


「それはまぁ、俺の親衛隊ってところだな」


「さっきからめちゃくちゃなことしか言ってないじゃないか……」



 ギルは頭を抱えた。周りのみんなも同じように呆然としている。

 ムサネコだけは愉快そうに笑っていた。

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