第76話 酒呑童子

 あまりにもその名は大きすぎた。

 鬼というだけでも現実離れした存在だと思っていたのに。



「ねぇ父上、酒呑童子しゅてんどうじってそんなに強い相手なの?」



 クロベエは良くも悪くもマイペースだ。う~む、無知とは恐ろしい。



「そうだな。この国に妖怪ってのはおそらく数千、いや数万といるが、酒呑童子は全ての妖怪の中で『三大妖怪の一人』に数えられている」


「え? 妖怪トップ3の一角ってこと?」



 マイペースなクロベエが身を乗り出して尋ねる。



「まぁ、存在した時代も場所も異なるから、それが事実かどうかは俺にも分からねぇ。ただ、ドラゴンを従えてるとか、普段は人を喰らって生きてるとか、ガキの頃から特別な神通力を使えて周りの大人を支配していたとか、嫌な噂しか聞かねぇな」


「人を食べるの……?」



 クロベエは目が泳いでクラクラしている。さっきまでとは明らかに様子が違って怖気づいているのが一目で分かる。ただ、怖気づいているのはギルもラヴィアンもパウルも同じだった。



「さすがに……あの酒呑童子が相手なら勝ち目はないんじゃないの? ムサネコさんには返しきれない恩があるから俺だって協力はしたいけど、さすがに相手が悪すぎるよ。それに無関係なラヴィも巻き込みたくないし……」



 ギルはいつも一歩引いて見るクセがあるようだ。しかし、世の中は正論が通らない局面の上にギリギリで成り立っていることもまた事実だと言うことをギルはまだわかっていない。



「確かにお嬢がここに来たのは間違いだったのかもな。だがギル、この戦いに勝つにはお前の力が必要だ」


「俺が? だってムサネコさんは俺にどんな力があるかなんて知らないんじゃ……」


「そんなもんは知らねぇ。だが、バイケンがお前をここに連れてきたってことだけで聞かなくても十分なんだよ。俺はバイケンに〈ギルガメス・オルティアを連れてこい〉とは一言も言ってねぇ。俺からSOSを送る際は〈お前のいる世界で最も頼りになる仲間を一緒に連れてきてくれ〉って頼んでおいたんだよ。そしたら、お前らがやってきた」


「ねぇ父上父上ーっ、それってバイケンに友達がいないからだと思うよ」



 クロベエが言うと、バイケンは近づいて鎌の刀身をクロベエの顔の前でキランと光らせた。クロベエは慌てて口をつぐむ。


(本当はあの巨人族の男をぜひとも連れてきたかったんだぜぇ)


 バイケン心のぼやき。その視線の先には小さな緑色の精霊の姿。恨めしそうにその姿を睨みつける。


 ムサネコは一呼吸置くと空を見上げた。鮮やかに染まった紅葉が目に映る。



「確かに酒呑童子は強ぇだろうよ。何しろ、この世界の誰も勝てやしないんだからな。けどな、俺には酒呑童子を倒さなけりゃならねぇ理由がはち切れんばかりにあるんだよ。別にお前が行かないと言っても俺一人で行くだけだ」


「てめぇはしけたこと言うんじゃねぇよぉ。オイラも付き合うんだぜぇ」



 そう言って、バイケンはムサネコと視線を合わせると、次にギルにその視線を向けた。ギルはその視線に耐えられず声を上げる。



「あーっ! だっていきなりそんな強敵ラスボスが相手なんて聞いてないよ! 下手したら死んじゃうじゃん」


「……あなたはそうやって逃げていればいいのです。私は行きます。ムサネコさん、どうか私を連れて行ってください」


「え……?」



 ギルは唐突なラヴィアンの言葉に呆然とした。



「どうして? キミは戦う理由なんてないじゃないか」


「理由なんて後からいくらでもつけられます。私はただ、困難な道から逃げたくないのです。それに、私にも討たなくてはならない敵がいるのです。力が欲しい。どうしても強くなりたい。そう考えたら、怖いからと言って逃げ出す選択肢はありません。この困難を乗り越えられたら、私はきっと強くなれる」



 ラヴィアンに感じていた違和感。普段は大人しい彼女が時折見せる芯の強さ。それは、ヘイデンが言っていたラヴィアンの【呪縛】に関係しているのかもしれない。


 ギルはヘイデンと約束を交わしていたことを思い出す。『ラヴィアンの呪縛を解いてくれ』とヘイデンは言った。その約束をギルが果たすと信じて、2年間稽古を毎日つけてくれたのに……。



「ギルはダサいね。女の子にここまで言われちゃってさ」


 クロベエの言う通りだった。


「あぁ、確かに俺はダサいね……。でもおかげで色々思い出せたよ。それに俺だって強くなりたい。そのために旅に出たんだもんな」



 瞳に力が戻っていくのを感じる。見渡すと、言葉を交わさずともみんなが何を考えているかが手に取るようにわかった。逃げ出すという選択肢は消えてちりとなる。


「決まりだな。お前ら、死んでも恨むんじゃねぇぞ」



 ムサネコの言葉に皆がうなづく。パウルを除いて。



「あのぉ……」


「ん? どうした小人こびと?」


「アッシは皆さんと違って戦闘向きじゃないんスよ。だから、元の世界に帰して欲しいんスけど……」



 パウルは両手を前に合わせて、涙目でムサネコに懇願した。その言葉を聞いたバイケンはわなわなと震えながら鎌を振りかぶって激昂する。



「てめぇが自分から『アッシも連れて行って欲しいっス!』とか言って勝手についてきやがったんじゃねぇかぁ! 本当はあの巨人族をここに連れてくるはずだったのにぃ! ふざけたこと言ってると、オイラが今すぐあの世に送ってやるんだぜぇ!」


「ぎゃー! ごめんなさいごめんなさい! わかったわかりました! アッシは皆さんの邪魔は一切いたしませんっス! だから今回だけは見逃してやってくださいッ! 自分みたいな何の役にも立たないクソザコのクソゴミは誰の邪魔にもならないように、ゴミ虫とでも戯れて時間を潰して待ってますんで、どうぞどうぞ皆さん頑張ってきてくださいっス!」



 相変わらずめちゃくちゃ卑屈って言うか、もはや感情がバグってるとしか思えない。



「……いや、小人。お前も来ないとダメだ」


「は? ええええええ? ウソでしょ!? アッシなんて皆さんの近くにいたらお耳汚しでお目汚しなだけで、クソの役にも立たないっスよ!」



 うん、確かにうるさいのは間違いないな。



「そうじゃねぇ。そもそもが、お前らは俺のアビリティ〈時の神クロノス〉とクロベエの〈絶好機カイロス〉によって制御されているからこの場所に留まることができている。もし、俺たちから離れたら制御も外れて、どこの次元に飛ばされるかわかったもんじゃねぇぞ。それこそ二度と元の世界には戻れないだろうぜ」


「まままままマジっスか!」


「もちろんマジだ。半径1kmくらいなら普通に制御下だろうからピッタリついてなくても大丈夫だろうが、さすがに討伐に行く際にはお前ひとりを置いては行けねぇってことだ」


「あががが……これ……どっちにしてもバッドエンドの未来しか見えないっス」



 パウルは膝から崩れ落ち、両手を地面について泣いている。何だか可哀そうだが放っておこう。



「ところでムサネコさん」


「ん?」


「酒呑童子との因縁って一体何なの?」


「あー、それな。どうやらよ、前世の俺のガキらしいんだわ。酒呑童子の野郎」



 今までで一番意味がわからない答えが返って来た。 

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